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髪を撫でようとしていた手を止められ、身体をずらされた。
肩を抱けるほど近かった距離が少し離れて心寂しくなったところに、下ろされた右手と彼女の左手が絡められた。
「え、あの」
「……今夜だけなので、いいですか」
そんなこと言われて断る男がいたら教えて欲しい。
ふふ、と悪戯っぽく笑った彼女はきゅっと手に力を入れてくる。
「大丈夫、変な事はしないですから」
「してもいいですけど」
「その気もないのに?」
「…全くないことはないですよ。俺だって男なんですからね」
「……ごめんね」
「謝らないでくださいよ、哀しくなるんで。何なら褒めてほしい理性の男だって」
「あはは」
おどけたように言ってみせれば、俺の好きな笑顔で応えてくれた。
それでいい。それがいい。
夜の寝室に男女が二人。
狭いベッドに並んで手を繋いだまま天井を仰いで、一緒に目を閉じている。
大人の男女が二人、手しか触れないまま一夜を過ごそうとしていた。
外からはしとしとと静かな音が聴こえてくる。雨が降ってきたんだろう。
夜から明け方にかけて雨が降る予報がでていたのを思い出した。
「降ってきましたね」
「……このお家に初めて連れてきてもらったのも、雨の夜でしたね」
「覚えてます?」
「勿論。……色々ありましたから。それに、真己さんに甘え始めたのもあの夜が最初です」
初めて彼女の涙を見た夜。
話さないことを無理強いして聞く趣味はないから、深くは聞かない。
傷の深さと比例して話したくないのかもしれないが、俺には理由を話すことで言い訳めいてしまうことを彼女自身が嫌がっているように感じた。
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