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「珍しくね? お前が俺の話聞いてくるなんて」
訝しがりながらも気分良さそうに今期ターゲットの女の子についての結城の話を耳に流しながら、俺はさっきの女の子へ視線を向ける。
まだ初々しさの残る新人店員。
トレイにいくつも乗るグラスやカップは意外と重い。それを感じさせない笑顔を浮かべながら客へと振る舞うのが仕事だ。
(……あの人もいつも笑ってたな)
彼女が姿を消したのは、あの夜が明けた時だった。
予想してたから特に驚きもせず、まだ体温の残るベッドのシーツを撫でて朝を迎えた。
ふと右手を眺める。
彼女の髪を撫でて彼女の手に触れた、俺の右手。
話を続けている結城を視界の端に収めたまま、今度はマスターに視線を遣った。
彼女が居なくなったあの朝、俺は仕事前にここへ寄った。
まだ開店には早すぎたはずなのにマスターは店の前にいて、まるで俺を待っていたようだった。目が合うと寂しそうに笑ったのをよく覚えている。
『おはようございます。……マキちゃん、来ましたよ』
『……おはようございます』
『わかっていたという顔ですね』
『ええ……まぁ』
『そんな君に、懺悔をひとつします』
『もしかして……マスターが彼女の親戚でも何でもないってことですか?』
『気付いていたのですか』
『いや。昨日彼女からマキは偽名だと聞いたので、もしかしたらって』
『………そうですか』
そうですか、ともう一度口の中で呟くと、マスターは頷いた。
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