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「おい真己」
「グエ」
ブンッと鈍い音がしたと思ったら首の後ろにチョップを極められ変な声が出た。
我に返ると目の前では最高に不機嫌そうな結城の顔がある。
「あ」
「あじゃねえよ。全然聞いてねぇじゃんか」
「いやー……男前だなーって」
「気持ちこもってなさすぎ」
「結城って苗字、聞くだけだと名前みたいよな。ユウキ」
「は? 何だよ今更」
「不思議だよなー……」
「……あのさあ。やっぱまだお前」
真面目に切り替えかけた結城に首を左右に振って応えた。
本当に、不思議なまでに凹んでない。
彼女が俺を初めて見た時はおそらく、千歳と最後の喧嘩をした日だ。
自分を反省するどころか腹を立てたのは覚えている。だけど電話を切った後にどうしようもなく苦しくて、何か大切なものがぽっかりと心から抜けたのがわかった。
直後にきっかけとなった仕事の電話が入ったのも、よく覚えている。
そんな最低最悪な俺を『綺麗』と思ったなんて彼女は本当に変な人だ。
「……結城ー」
「何」
「息がしやすいって、どういう意味なんだろうな」
「あ?」
彼女は俺をそう喩えた。
どういう意味なのか訊ねることなく彼女は俺の前からもマスターの前からも姿を消してしまったし、本当の意味で理解出来るとも思っていない。
俺なりに考えてみたけど、何せ俺は頭が悪い。
酸素みたいってこと?
それって結局どういう意味?
結局わからないままだ。
結城は呻るように珈琲を飲み、「俺の見解だけど」と切り出した。
「癒されるとか潤うとかそういう意味じゃね?」
「……癒される? 潤う?」
「観葉植物に霧吹きかけてる時に『息しやすくなったかー?』って話しかけたりするもん俺」
「霧吹き……」
「あ、観葉植物と会話する点にツッコミはねーのね」
その後も延々と可愛い観葉植物についての話をしているらしい結城の声が耳をすり抜けていく。
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