純愛

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「まぁまぁ、落ち着きなって 藤宮さんが手を合わせてこいって言ったんだからしょーがないでしょ」 立場が変わった。 ただただ行きたくない私と、セクハラされた瑞樹では怒りの度合いに雲泥の差がある。 私は瑞樹の肩を軽く叩き、そう慰めた。 大口の顧客。 それは日本で有名な映画監督。 ヒット作を連発させ、賞もなんども手にしている。 そんな監督が、同性のお尻を撫で回していたと知ったら、世の中はどんな反応をするだろう。 ……ましてや、こんな物騒な一室に足を運んでいたと知ったらどんな反応をするだろうか。 私は食器棚からスプーンを取り出し、真ん中から半分に切ったキウイを食べる。 まだ熟しきってない酸味が口いっぱいに溢れ、私の喉を伝う。 しゃりっと音を立てて砕ける種。 「てかさ、入れないのに行く意味あるのかつーの!」 いまだに怒りが収まらない瑞樹は苛ついたように煙草を口に挟む。 綺麗な男性がキレると美しく思えてしまうのは私だけでは無いはず。 有名な映画監督。 告別式の参列者は著名人しか入れないだろう。 いくらクソジジィと面識があっても、入れるはずなんてない。 「……要は戒めって事でしょ 藤宮さん、手を合わせてこいって言ってたけど弔えとは言ってなかったじゃない?」 映画監督の死。 私たちがそれを悲しむ必要性はまったく無い。 利益が無くなった、ただそれだけのこと。 そして、威嚇の為だけに足を運ぶ。 私の周りから、井川さんのムスクの匂いがかき消されていく。 瑞樹が吸う煙草の香りがあたりを埋め尽くし、私を殺しにかかる。 副流煙の方がフィルターを通して吸う、主流煙より断然体に悪いらしい。 まぁ、ここに通う顧客たちは煙草を吸う人が多いからそんな事を一々気にしていられないけど。 「……戒め、ねぇ なら、末端の俺らが行く必要もさらさら無いわけねー あー、面倒くさっ」 あんたを慰める方が面倒だよ……。
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