純情

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──あなたはなぜ、料理が好きなのですか? それは今という瞬間の積み重ねだからです。 もし自叙伝を出版するとしたらそう答えようと決めている。 小さい頃からキッチンに立ち私のアイデンティティとして培われた料理。 それを瑞樹ひとりが味わっているのだとしたら、なんて萎える事実だろう。 私は料理本を出すべきだと胸を張って言える。 「……いや、マジでキモい事考えてんなら死ね」 瑞樹のその現実的な言葉に、楽しんでいた妄想がぱちんと消えた。 私を汚物を見るような眼で見る瑞樹。 そこには、明らかな軽蔑が感じ取れた。 現代社会から孤立した場所にいる私たちに、なにかを発信する技術は無い。 いや……発信するなんて事はあり得ない。 得体の知れないクラウドとやらにも興味は無い。 降ろせなくなったら一大事だ。 「別になにも考えてないけど?」 「……その反応も予想内で死ぬほど退屈だわ」 ソファに座りながらスマートフォンを弄る瑞樹。 その死ぬ程馬鹿にした態度に私は眉間にシワを寄せ、使ったキッチン用品を片付けていく。 ここで私が“ 料理を作らなければ野垂れ死ぬのはおまえなんだぞ ”、というセリフは喉から出てこない。 なぜなら今料理なんてどこでも食べられるからだ。 「あー……暇だねぇ」 そろそろ寒くなって来た季節。 暖房でやんわりと暖かくなった室内は、瑞樹の言葉をそのまま具体化したような物だった。 長年連れ添った熟年夫婦のように私は瑞樹のその言葉をさらりと受け流す。 「なんか面白いことない? 隕石落ちるくらいのレベルのやつ」 刺激溢れる世界にいると脳内がどんどんおかしくなっていくらしい。 私を見つめ、そう呟く瑞樹に私は“ ない ”と激しく答えた。 「くるみちゃんは?」 「なんかちょっと遅れるって」
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