純愛

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「……あ"?淫乱がなんか言ったか?」 私はテレビのリモコンを持ち、音量を上げていく。 耳につん裂く大音量がリビングに響き渡る。 私は瑞樹を馬鹿にしたように肩を落とし、なおもテレビの音量を上げた。 瑞樹は眉間にシワを寄せ、咥え煙草をしながらこちらに歩み寄る。 「うるせーんだよ!」 そう叫んで私の手からリモコンを奪い取った。 テレビからは芸能ニュースが流れている。 私と瑞樹の関係は大抵こうだ。 客観的に見れば暴言を吐きまくる男女。 けど、ビジネスパートナーであり兄妹のような私たちは品の無い喧嘩が普通の物になっている。 血の繋がりが無くても、私と瑞樹は完全に家族だ。 「……お、カッケー」 私が馬鹿にした事なんて忘れたように、瑞樹は芸能ニュースに釘付けになった。 突然の休業で世間を騒がせた歌姫。 最近、不死鳥のように現役復帰した。 「最近、母親に似てて怖い」 「……母親?」 彼女の母親は素晴らしいシンガーアクトレスだった。 けれど最近亡くなった。 戻ってきた歌姫は、そんな亡くなった母親によく似ている。 それがとても恐ろしかった。 瑞樹は歌姫が2世アーティストである事を知らないようで、私は首を捻る。 「お願いだから、もう少し世の中の事を知って じゃないと、藤宮さんにチクるよ ……これだからチェリーは」 私は大きな溜め息を吐き、リビングを後にした。 アーティストは2世だとバレない方がいいだろうから、瑞樹の反応が彼女にはうれしいんだろうけれど。 後ろからは瑞樹が“チェリーじゃねぇんだよ!この淫乱!”なんて声を上げているのが耳に入る。 ここの一室を訪ねるのは大概がVIP。 そうなると、その人たちに合わせた話題提供をしなければならない。 私と瑞樹に託された仕事はただ単に薬を体内に入れるだけ、ではない。 心の隙間を埋めるために来る人たちの話を聞く、謂わばホステスみたいなもの。 その為には綺麗な服を着て、綺麗な笑みを浮かべ、ウィットに富んだ会話が出来なくてはならない。 ウィットに富んだ会話の土台はやはり情報。 俗世から切り離された場所で、私は俗世の事ならなんでも知っている。 それが私に求められた仕事。 ……存在意義だと確信している。 「ハニー、着替えて」
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