純愛

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真っ白で柔らかいバスローブ。 肌触りが良いそれは井川さんのムスクの香りと、瑞樹の煙草の香りが仄かにする。 広いリビングを抜けるとそこはバスルーム。 白、グレー、黒の三色で統一されたバスルームには洗面カウンターと浴槽が備えられている。 洗面カウンターは宙に浮いていて、モダンなイメージを持たせてくれるとっておきの場所。 そして広々としたそれは蛇口が2つ並んであり、瑞樹と私が同時に使える。 歯磨きをしようと歯ブラシを手に取った。 その時、私のある場所が目にとまる。 大きな鏡の隣にあるアコーディオンミラーに私のタトゥーが映り込んだ。 2センチ程の小さなワンポイントタトゥー。 金魚を真上から見た時のシルエットが線だけで描かれたそれ。 それは私の心臓の上で泳いでいる。 「ハニーとか呼ぶなよ ……俺、身支度は整っているから 後喪服着るだけ」 煙草の香りを纏い瑞樹が私の横に立つ。 冗談で言った言葉が瑞樹を苛立たせたのなら、私は嬉しい。 鏡の中で目を合わせる私と瑞樹。 瑞樹の身体のどこかにもタトゥーが入っているはずだ。 私たちに戸籍はない。 本当の身分を証明する物がこの世にない。 巷で話題のファッションタトゥーでは無く、個体識別の為に入れた。 いや……入れさせられた。 「顔洗って、化粧するだけ テレビでも観てて」 「ひかり、髪の毛どうすんの?」 私の髪の毛をするりと触った瑞樹。 タトゥーが目に入ったのと、髪の毛を触られたことが相俟って頭の中で藤宮さんの声が響き渡る。 《ひかりちゃん、これ苺 ……あげる》 「……簡単に纏めとくよ」 私と同じ真っ黒な髪の毛を靡かせた男性。 無機質な真っ黒な瞳を私に向け、ゆっくりと微笑んだ。
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