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薄っすらと目を開くと見えた男性。
広いベッドの上に腰掛けるその男性は私の髪の毛を撫で、柔らかい笑みを浮かべた。
溜め息をついてしまいたくなるような、色気を含んだおじ様。
……私の愛しの人はこの人じゃない。
「おはようございます
……“藤宮さん”」
当て付けのように違う名前を呼んでみる。
それでも大人の男性っていうのは余裕があるのか、柔らかい笑みを崩す事なく私の手を引き、ベッドから抱き起こしてくれる。
ムスクの香りが私の鼻腔を擽る。
「おはよう、ひかり」
「……ごめんなさい
井川さん」
少しだけ白髪が交じる黒い髪の毛に指を差し込み、私は井川さんの首筋に顔を埋める。
加齢臭なんて一切しない、色気しか感じないその首筋にキスをしてみた。
「気にしないでいいよ
仕事柄、本名で呼ばれない事なんていつもだから
……それよりおまえは本当に朝が弱いね」
「低血圧だから……」
帰ってしまうのか、昨日脱がせたジャケットをしっかりと着ている井川さん。
また、それが、渋さと色気を兼ね備えたダンディーなおじ様の井川さんに似合っていた。
私の鼓膜を犯すその声色でそんな優しい言葉を言われてしまえば、途端に自分の幼稚さを再確認してしまう。
「ありがとう
藤宮さんに起こされるのが、私凄く幸せ」
「そう言うと思っておまえが起きる時間まで待ってたよ
……遅刻になりそうだ」
私の耳元で私の好きな声で意地悪く囁く井川さん。
どこまでも余裕な顔で、どこまでも優しい井川さんは、私の愛しの藤宮さんとは正反対だ。
クスリと笑った井川さんは私の額にキスをひとつ落として、私から身を引いた。
「……また来て、藤宮さん」
「うん、来るよ」
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