【それは魔法の空間】

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もう通い慣れた道を歩き、触り慣れたドアノブを押し開けてカフェに入る。 「こんにちは、マスター」 「お。こんにちは奏ちゃん」 日曜日に来ても、こうして学校終わりの放課後に来ても、変わらない笑顔で迎えてくれる。その笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。 「今日は果物を仕入れたばっかりだから、それを使ったフルーツポンチがおススメだよ」 「美味しそうですね、じゃあそれをひとつお願いします」 「はい。今作ってくるから待っててね」 マスターはフルーツポンチを作るためにバックヤードへ戻る。今は夕食にはまだ早い微妙な時間帯だから、私しか客はいない。 カチ、カチ、カチ。時計の秒針の軽い音が規則的に響くだけで静かだ。いつも料理が運ばれてくるのを待ってる時の癖で、なんとなく店内を見回す。 「…………」 そうすれば必然的に視界に入る、ピアノ。あのピアノを誰かが弾いているところは見たことがない。誰にも音を奏でてもらえないのか、マスターが気まぐれで弾いているのか。 吸い寄せられるように漆黒のそれに近づき、蓋を開ける。今私以外に誰もいないし、少しくらいなら。 両手を鍵盤に添え、控えめに音を鳴らしてみた。
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