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“幻影の暗殺者”の名がでた途端、私達に緊張が走った。
すぐに振り向こうとしたが、昨夜の事を聞かれる恐れがあったので、私はその場を動かずに先輩刑事の答えを待った。
「そんな訳ないだろ。“幻影の暗殺者”ならば皆、この世にはいないよ」
「………ですよね」
「少なくとも今の“幻影”ではな」
「えっ?」
「今の“幻影”は噂だと3代目らしいんだ。かなり手強い相手だと聞くが、初代に比べればまだまだだ」
「そんなに強かったんですか?」
「巨大な売春組織をたった1人で、殲滅させた相手だぞ。まっ、だからといって今回の件とは関係ないと思うがな」
「やはり、ナイフを持って気絶してた無傷の男ですか?」
「本人は違うと言い切ってるがな。とにかく、現場検証も済んだこと出し、署に戻るか」
「ですね」
そう言って、2人の刑事が立ち上がり、店内へと入っていった。
バルコニーのドアが閉じる音がすると、私と夫は今までの緊張が解放されたかのように同時に大きく息を吹いた。
だけど、私の心は安堵と複雑とで入り乱れていた。
悠治さんは人を殺してなどいなかった。
――信じて良かった………
でも、今回の事件で夫が疑いをかけられるのではないかと一途の不安が襲った。
それだけではない。
これが原因で裏社会に引きずり下ろされる可能性も出てきた。
嫌な予感が私の心を渦巻く中、相変わらず夫はやけに自信たっぷりに、残りのケーキを食べ始めた。
そんな悠治さんを目の前で見ていると、私の悩みも吹っ飛んでしまう思いになった。
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