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お店はやってないのに……フラフラの足は、勝手に『FORTUNATE』へ向かっていた。閉ざされた扉、暗いカーテンのひかれた窓。そして。
目を奪われた。
お姉さんに。
お姉さんの羽織る、コートに。
あ、可愛い。と、シンプルにすとんと心に落ちてきた。
ひざ丈の、飾りのない真っすぐなシルエット。生地感は春より冬に近いけれど、色は薄く色づく桜と同じだった。
誰もが好きな、桜のコート。
飾りの釦は、首元に一つ。黄色よりは金色に近く、けれど生地とトーンを合わせたのか色はパステル調だ。
ウィンドウの向こう側には、確かにいつものお姉さんがいるのに。
栞里の目を惹きつけて繋ぎ止めているのは、一枚のコートだった。
――いいなあ、と思った。
――欲しいな、とも。
初めて、思った。この服が欲しい、と。
子供みたいにとても単純に考えて、それから苦笑する。冷静な部分が待ったをかけた。買えるわけもない。大体、お店に入るのだって躊躇ったのだから。
もし、自分から中に入るとしたら、大人になってお金を稼ぐようになってからだろう。
素敵な出会いは、ちょっとタイミングが悪い。けれど、悪いことなんかじゃなかった。
ふっと、おかしくなって笑顔が浮かぶ。
このコートが、きっと春が来ると予感させてくれたから。
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