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「うん。だからごめん。俺には跡継ぎは無理」
そういう意味も含めて、自身は皇帝になれないのだと思いを告げた。国のことよりも、愛しい人を取ってしまう自分に務まるとは思えない。
早々に放棄して、レイリに任せてしまうのは心苦しいが、その分協力は惜しまないつもりだ。
「跡継ぎとか、皇帝とかどうでもいいから。ユウリはいいの? 龍神様とは、生きる時間が……」
重大問題、をどうでもいいと言ってしまえるレイリの豪胆さに感心する。双子とはいえ、さすが兄と言ったところか。
つくづく鋭い兄には頭が上がらない。
「承知だよ。シユウにはまた辛い思いをさせちゃうだろうけど、未来を案じて今を捨てるほうが辛い」
シユウは、龍神がいてもいなくても世界は回ると言っていた。人からすれば天災を操る龍は脅威かもしれないが、ただの龍なのだ、と。
心があるから、寂しさに負けて自ら命を絶つかもしれないし、ユウリより先に命が尽きるかもしれない。
どうなるかはその時になってみなければわからない。そんな不確かな未来に怯えて、やっと掴んだ手を放すなんて馬鹿げている。
シユウを見れば異論はないと領いてくれて、気恥ずかしさに頬を赤くして視線を逸らした。
隣でレイリが「初々しいなあ」と言っているが返す言葉が探せない。
耐え切れず割り込んだのは、やはりというかアナンだった。こめかみを引き攣らせて身を乗り出す。
「ユウリ様に何かしたら、承知しませんからね!」
「何かって? ユウリとはいいことしかしてないよ」
「ちょっ……! シユウ!」
アナンの顔がみるみる青くなり、ぷちりと切れる音がした。実際にはしていないが、確かに聞こえた。
「シユウ! そこに直りなさい! 徹底的に礼儀を叩き込んで差し上げます」
レイリと顔を見合わせて、同時に肩を竦めた。
がみがみと煩いアナンの説教を、身を以て知っている二人は、こっそりと部屋を抜け出した。この分だと、日が沈む頃まで続くだろう。
やっと解放されたシユウが、凝りもせずユウリにじゃれついたのを見て「さすが龍神様」とレイリが呟いていた。
「皆が幸せであるのが一番だ」
レイリは大きく伸びをすると、重い腰を上げて執務へ戻って行った。
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