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「俺のこと、何か聞いた?」
「はい。ユウリ様っていうお名前と、大事なお方だから粗相のないようにって」
「それだけ?」
「それだけですよ。俺みたいな下っ端は、必要な情報だけで十分ですから」
自分で下っ端と言ってどうすると突っ込めば、事実だからと返された。自虐的にも取れるが、卑下した感じにならないところは好感が持てる。おそらく、彼が持つ独特の雰囲気がそうさせているのだろう。良いように言えば野心がない。悪く言えば、抜けている。
話していく内に残っていた警戒心も解け、最初は手探りだった会話も時間が経てば自然と交わせるようになる。
シユウは色々と話してくれた。例えば、シユウが武官になるために受けた試験には矢を射る実技があり、全て的ぎりぎりの所を射て合格したとか。それが実は距離を測り間違えていて、正規の距離は十歩近かったのに再度挑戦したら今度は緊張の糸が切れて全て外したとか。
「やり直して大失敗して、落ちたかと思いましたよ!」
「それはないだろ」
他にもなんてことはない話題を、シユウは面白おかしく語ってくれる。
下手に位が高い相手だと身構えてしまうけれど、それらがない分シユウと話をするのは気が楽だった。シユウに自尊心や責任感がないとは言わないが、アナンに比べたらよほどとっつきやすくて良い。
「あー、そろそろ行かないとまずいかも」
「そっか。来てくれてありがとう」
外を見てシユウが慌てたように立ち上がり、ユウリは引き止める言葉を飲み込んで笑みを作った。こっそり来たと言っていたから、見つかってお咎めを受けるのはシユウだ。
残念な気持ちを押さえ込んでユウリは礼を口にする。だがまた来て欲しい、とは言えなかった。
追われるようにシユウが去っていったすぐに後に、足音がした。一瞬シユウが戻ってきたかと思い掛けたが、違うとすぐにわかりあからさまに落胆した。
「失礼します」
案の定、訪ねて来たのはアナンだった。
嫌いではないけれど、どうにも苦手なタイプだ。アナンが悪いのではなく、単に生真面目な性格がユウリと合わないのだろう。思うようにいかなくて、あちらもやきもきしているに違いない。
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