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「もう一つ、南国の使者は皇帝陛下に何を求めた?」
「さ、災害が止まぬのは龍神のせいだ、と。それと我が国に、食料の援助と……」
アナンが言葉を止め、辺りが静寂に包まれる。誰も言葉を発しない――否、発することを恐れている。
それほどのことを、南国がしでかした。
――西国を支配しようとしたか、もしくは。
「龍神を倒そうとした?」
「ユウリ様!」
顔を真っ青にしたアナンがユウリを咎めるが、なんてことはない。ユウリは龍神の存在を認めても、怖いものと思っていないからだ。育った環境もそうだが、口にしたくらいでどうにかなるとは考えられない。
アナンは観念したのか、立ち上がってユウリを向いた。
最初からそうしてくれればいいものを、と思ったが口には出さずアナンが語るのを待った。やがて張り詰めていた空気が和らぎ、アナンが口を聞いた。
「南国に雨が降り始めてからまもなく、援助を求められました。陛下はお優しい方なので、できる限りの援助はするとおっしゃいました」
援助は食料に限ったものではない。土砂災害の対応や難民の受け入れもある。様々な面で皇帝は援助をしていたのだろい。
しかしひと月経っても状況は回復を見せず、被害は広がる一方だった。
不審に思った皇帝が南国に文を送ると、今度は降り続ける雨を『龍神の癇癪』と断言した。このままでは南国だけでなく、少しずつ影響を受け始めた西国まで立ち行かなくなってしまう。
そして南国は、龍神を倒してしまえばいいと言い出した。
当然受けられるはずもなく、皇帝は断りと共に龍神になんとか怒りを納めてもらおうと助言した。
「龍神を怒らせるなど、あってはならないことです。討伐に賛同しなかった陛下は送り込まれた刺客により怪我を負い、今もなお目覚めぬまま眠っておられます」
なるほど、とユウリは納得した。そんな大層な事件を、他の者に知られるわけにはいかない。例え皇帝の弟だろうと、醜聞はここで留めておきたかったはずだ。
「このことを知っているのは?」
「はい。私と、ここにいる者たちだけです」
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