プロローグ

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 成人男性にしては小柄だ。不審人物は久賀が隠れているとも知らずに目の前を足早に素通りし、マンションに入っていく。  ――住所さえ把握されている。  嫌な予感に背中がこわばるのを感じた。ポケットの中にスマートフォンがあることを確認し、息をひとつ吐くと、ゆっくりとマンションへ近付いて行った。  磨き抜かれたエントランスのガラス戸を開けると、エレベーターの前に立っていた不審者が驚いたように振り向いた。  ブルゾンの下に着た黒いパーカーのフードに顔半分が隠れ、男女の判別もままならない。  ただ、細身のブラックジーンズとドクター・マーチンのブーツから若者らしいことはわかった。久賀は相手と自分の体格差を一瞬でスキャンし、安堵した。 「こんばんは」  久賀は努めて優しく声をかけた。 「……こんばんは」  少女だ。久賀がゆっくり近付くと、相手はこちらに身体を向けた。黄色い光の下で、フードの影がより濃くなる。 「若い女の子がこんな夜遅くまで歩いていたら家の人が心配するよ。もう十時過ぎている」  我ながら、説教臭いなと久賀は言ってから気付いた。自分の緊張が緩んだせいだと思った。 「家の人が心配なんかしてくれないから、ここに来てるんじゃない」  久賀は耳を疑う。声に覚えがある。ずっと昔に聞いたような。脈が速くなる。  ――嫌な予感が……。     
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