第一章「七夕の想い」

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第一章「七夕の想い」

厚い雲に覆われた空から、光がわずかに地上に降り注ぐ。 まるで欧州の古い映画のロードムービーに使われるようなインク色の風景が広がる重黒い海に面したアパートの一室。 薄暗い空間の中、空間に映し出されたテレビモニターにうさぎのコスプレをした女性キャスターが、今日が七夕である事を説明していた。 『もう七夕か・・・・』 色白のうさぎの衣装の似合う愛嬌のある顔立ちのアナウンサーは織姫と彦星の寓話を安っぽい恋愛ドラマの様に、恋や愛という言葉を多用しながら語っていた。 黒縁の眼鏡を掛けながら、その映像を無表情で見続ける単髪黒髪の細身のシルエット少年遠野ソラが学生服に着替えながら映像を見ていた。 その瞳はどこか悲しみを感じる。 遠野ソラは新潟県にある佐渡島に出来た、火星再開発計画の為に建てられた学園都市に通っている学生である。 実家は東京の三鷹であったが、宇宙を身近に感じたいことから難関のこの学園を受けたのだ、もちろん実家からは通学出来ないことから、学園より3キロ弱あるこの学生寮に住んでいた。佐渡の学園都市は種子島の宇宙開発機構とは別のプロジェクトで、国家間の急務として作られた関係で現在も都市自体が完成されていない。中途半端なジグゾーパズルの様に街は所々、開発途中の建造物が目立つ。『佐渡火星再開発総合学園都市』であり、火星再開発計画と直接連携する国家主導の学園都市である。 学園都市は15年前の七夕に計画が施工され、その後僅か2年弱で学園態勢が整備された 丁度計画が施工された日と同じ日に、遠野ソラの両親が飛行機事故で亡くなった。 ソラは何かの運命を感じ、それから猛勉強をして、この学園に入った。 もう記憶が薄れてきてはいるが、肩幅が広い父親に肩車をされながら、流星群を見たり星座を見たり、宇宙の神秘を語っていたから、そんな学問を学ぶ事で家族と一緒にいれる気がした。 ソラにとっては宇宙について学ぶことは、家族を深く学ぶことと似ていた。 だから、七夕はソラにとってそんな寓話よりも、現実の夢を再確認させる日だった ソラは学生服を着替え終えると、エアモニターに向けて、手を向けて拳を握ると、映像が消えて、室内は屋外と同じく薄暗い空間に包まれた。 ソラはテーブルに置かれていた、小さい筒状の簡易紫外線測定器と電動スクーターの鍵を持って学校に向かう為に部屋を後にした。
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