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客室は異様な静寂に包まれていた。酸素マスクをしているせいかもしれない。皆一様に押し黙り、ただただ不安そうに辺りをきょろきょろと見回していた。
心臓の拍動を強く感じながら、園田絢子は祈るように両手を組んでいた。一体この飛行機はどうなってしまったのか、これからどうなるのか──アナウンスはひたすら「ただいま緊急降下中、ベルトを締めてください」と繰り返すばかりである。
緊急降下中というわりには、飛行機が降下している感覚はなかった。ゆっくりと傾くが、それは旋回しているような感じだった。ちらりと窓に目を向けたが、雲しか見えなかった。
左右に傾きはするものの、ガタガタという揺れや振動はない。客室乗務員たちも通路に立ち、乗客の「どうしたんだ」「大丈夫か」といった質問に答えてまわっている。
きっと大丈夫──絢子は両手に力を込めた。
きっと羽田に戻ろうとしているんだ。その為に旋回しているんだ。
そう自分に言い聞かせてみるものの、得体の知れない不安は胸の奥で、漆黒の渦となってぐるぐるとざわめいていた。
絢子の隣では望月聡司が、じっと窓の外を見つめていた。太ももに置かれた両の拳は固く握られている。手のなかはじっとりと汗ばんでいた。
意識しないと、呼吸が浅く、早くなってしまう。何が起きているのか解らないということが、余計に不安を煽っていた。
落ちると決まった訳じゃない。エンジンの故障か、あるいは燃料タンクに穴でも開いて、大阪までの燃料が足りないか。
なぜ機長は黙っているのだ、なぜアナウンスを入れてくれないのだ。
不安が憤りに変わろうとしたところで、望月は深呼吸した。憤りはパニックを引き起こす可能性がある。もし誰か一人でもパニックを起こしたら、客室全体がパニックに包まれる危険がある。
望月はもう一度、ゆっくりと深呼吸した。
今はただ、冷静を保つしかない。
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