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チーフパーサーの長嶺拓也は腕時計に視線を落とした。
18時30分──酸素マスクが投下されてから6分。機は、未だ降下していない。酸素が供給されるのはおおよそ18分。機体に何が起きたのか、これからどうなるのか予測できない。長嶺は客室乗務員に、酸素ボトルの用意を指示した。
コクピットから何も情報がないことが不気味だった。とにかくコクピットから情報を得ようと、長嶺は機体前方へと向かった。
ちょうどその時、航空機関士の吉井が姿を現した。
「客室はどうです?」
「比較的落ち着いてますが……」
「火災警報音が鳴りましたが」
「いえ、客室内で火災は確認されてません」
火災は発生していないのに、火災警報音が鳴る──もしかしたらコクピットは、自分が想像している以上に混乱しているのかもしれない。だが、乗客とコクピットを繋ぐ、直接の窓口である自分が、しっかりと現状を把握するべきだ。
長嶺はめまぐるしく思考を巡らせ、慎重に言葉を選んだ。
「R5(機体右側後方)のドアの上部が、一部剥がれ落ちています。客室内は、他に異常は見当たりません。……何が起きてるんです?」
当然といえば当然の問いに、吉井は微かに眉を寄せた。
「油圧系統オールロス……昇降舵も方向舵も効かない」
「えっ──」
「キャプテンは羽田に戻るつもりでいる。不時着する可能性が高いです、乗客の安全を確保してください」
まさか、と長嶺は耳を疑った。ジャンボ機は墜ちない──その安全神話が崩れるというのか、自分が乗っている、この機で。
パン、と勢いよく吉井に肩を叩かれ、長嶺は我に返った。
「キャプテンがいつも言っているように、我々の使命は、お客様を安全に目的地へ運ぶこと。機体は私たちが全力を尽くして羽田へ飛ばします。お客様を、よろしくお願いします」
そう、自分の使命は、乗客の安全を守ること。ましてや自分はチーフパーサーなのだ。
長嶺は正面から吉井の目を見つめ、大きく頷いた。
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