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それまでずっと、俯き、眉間に皺を寄せ、怒ったような表情で泣くのを堪えていた13歳の修有は、今度は自分よりも大柄な警察官を真正面から睨み付けていた。
「バラバラになったお父さんを……もっとバラバラにするって言うんですか!」
悲鳴にも似た修有の声が谺した。
警察官は僅かに俯き、やがて聞き取れないほどの低い声で、だがあまりにも無慈悲な言葉を放った。
「事故の証明や死因究明の為にも、司法解剖は──」
「嫌だ! お父さんがかわいそうだ……」
修有の、父親譲りの大きな目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
千鶴の視界がぐらりと揺れた。
航空機が山林に落ち、その現場から父の遺体は引き揚げられたのだ。ましてや父は、その航空機を操縦していた。紛れもなく事故ではないか。これ以上、何の証明がいるというのか。
無意識に、千鶴は両の拳を握り締めた。
「そうすることで──」
ふわりとした声が千鶴の耳に届いた。母の小百合の声だ。母は背筋をぴんと伸ばし、まっすぐに二人の警察官を見据えていた。
「そうすることで、警察の捜査活動に協力できるのであれば……」
小百合の言葉を聞いた警察官は、深々と頭を下げた。
母は、このような大事故が起きた原因は父にあると思っていた。だから、他の遺族が遺体を探して奔走する昼間を避け、夜になってからこっそりと、遺体安置所である体育館を訪れていたのだ。
事故原因については、まだ確証が得られていない。飛行中、垂直尾翼の破損がなぜ起きたのか、その重要な部分が明らかにされていないのだ。
垂直尾翼の破損により、機は操縦不能に陥った。父をはじめとするコクピットクルーだけの責任ではない筈。だが母は、そのように捉えてはいなかった。
切り刻まれてしまう。
僅かに残った父の断片が、今度は人間の手によって分断されてしまう。それは仕方のないことなのだろうか。事故を起こした責任というものなのだろうか。
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