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あずみはあの小さな車で屋敷に送ってもらった。
相変わらず車は苦手だった。
「山波さんはどうしてお兄様のところへ戻ってこないのですか?」
「え?」
「大学へ戻らないのですか?先生が好きなんでしょ。」
「そうだね。好きだよ。」
「じゃあ、どうして戻らないの?」
「なぜかな・・・戻りたいけど・・・
もう少し今のままで居たい気もする。今はあまり好きな仕事ではないけれど、定時に帰れるから緑山と過ごす時間が長い。
学校は好きな仕事だけど・・・仕事が忙しすぎて、緑山と過ごす時間が短くなる。
俺は学校より緑山が好きだから、今のままでいいかな・・・と思う。」
それだけかよ。それだけの理由かよ・・・と思った。
「お兄様は一人でとても忙しそうです。出張に行ったきり、もう何日もあっていません。」
「そうなんだよね・・・今の仕事だと出張に行っても頑張れば翌日帰ってこれるんだよね・・緑山が一人で待っていると思うと心配で家を空けられないんだ・・・困った。」
(困ったのはお前のほうだ・・・全くだめだ。二人とも幸せウイルスに侵されていてもうダメだ・・・)
「そ・・そういえば、雅さんが大学院に進んで、助教授の椅子を狙っています・・・」
「え?」
「はい、猛勉強中です。」
「そ・・・そう・・・」
山波は少し口ごもった。あずみとしては、山波の口からもう少しのろけ話を聞きたいところだった。昔は、あー。とか、うー。とかしかあずみの話に返事を返してこなかった無口で生真面目な男がどんなふうに変わったのか確かめてみたかった。
屋敷の門をくぐると雅の白い車が見えた。「ゲ、まだいる・・・」あずみは咄嗟に思ったが、(ダメダメ、平常心。全部終わり・・・あっちは酔っ払ってて何も覚えてないんだから)
そう言い聞かせて玄関の扉を開けた。
「谷中君、久しぶり。」
「山波さん・・・お久しぶりです。」
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