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「あずみ。 今日も芸術的な寝癖だね。」 「お兄様おはようございます。 これも一重に、お兄様が勝手に鈴木さんにお休みをくれてやったおかげでございます。 なので、僕は本日これより二度寝に入らせていただきます。」 「あずみ、いい加減にしなさい。 たまにはお日様に当たらないと病気になりますよ。」 二人の居る居間は、この家の中の一番広い部屋で、その中央に置いてある八人掛けのテーブルの端っこで如月は朝の紅茶を飲みながら新聞を読んでいた。 起きたばかりのあずみは、ダルダルに伸びたスエットの上下に裸足。 いったいどうやって寝たらそんな寝ぐせがつくのか不思議なほど荒れた髪型で現れその反対側の一番端っこに座った。 「お言葉ですがお兄様、僕はこの髪型に似合うお洋服を持っていません。」 「だったら、今すぐに買いに行きなさい。 ちょうどよかったじゃないか。今日がその髪型で。 もうじき則夫が来る。一緒に行って好きなだけ買いなさい。」 如月はクレジットカードをあずみに差し出した。 だが、あずみはほっぺを膨らませ、拳を握りしめ体をプルプルと震わせた。 如月はその顔をみて、くすっと笑うとクレジットカードを財布の中にしまい、内ポケットに収めた。 如月薫、41歳、あずみはその弟。16歳。母親違いの兄弟で、年がとても離れていて一緒に出掛けるとよく親子に間違われる。 あずみは如月の父親がある日突然、あずみとあずみの母親をまるで猫の子を拾うように連れて来た。如月の父親の子かどうか本当のところはよくわからないが、今日からおまえの弟だとあずみの手を握らせた。 それが如月二十九歳、あずみ五歳の時で、父親はそのあとフイっとまた出かけてしまって、3年後帰って来た時は骨壷だった。 それを追いかけるように母親も失くし、如月はどう育てていいかわからず、とにかくただただ、甘やかしてきた。 すると、勉強は嫌いではないけれど学校にも行かず、ずっと家の中にいる子になってしまった。 高校も受験はして合格はしたものの一度も出席せず、現在は多分除籍になっている。 やっと2年前に着替えが一人でできるようになったが、今だに髪を梳かすのは鈴木任せ。 買い物も一人では行けず、お手伝いの鈴木か従兄弟の緑山が来てくれれば行くくらいで、ほぼ毎日家にいる。 そして日向ぼっこと昼寝を繰り返す。 それでも如月は別に叱ることもなく、相変わらずあずみを甘やかし続けている。
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