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木下がどこかに電話をしている間に、そのぼろぼろの自転車を引いて駆け出した。
その方向が家に向かっているのかどうかはよくわからなかったが、スマフォの地図がいつかは家に送り届けてくれるだろうと信じて、すこしフライング気味に飛び出したのだったが、頼みのスマフォも充電切れ。あそこまでいって、ケーキも買えず、あたりもだいぶ暗くなり、この道があっているのかどうかも分からなくなってきて、心細さがピークになって来た時、一台の車があずみの隣で止まった。
「あずみ君・・・探したよ。」
追いかけて来た木下が、自転車を抑えてあずみを止めた。
「帰り道が違うよ。そっちじゃない。自転車を車に乗せるから、君も車に乗って。」
壊れてしまった自転車を荷台に乗せて、運転席に戻ったが、あずみは車に乗ろうとしなかった。
「どうした?早く乗りなよ。」
「やめときます。僕、こんなかっこ悪いところ見てほしくないです。」
「かっこ悪くなんてないよ。初めてなんだから仕方ないよ。自転車はね、誰でも一度や二度は転ぶんだ。
そうやって覚えていくんだよ。さあ、送って行くから乗って。」
「それでも、木下さんには、かっこいいところしか見せたくないです。
嫌われたくないです。」
木下はもう一度車から降り、あずみの腕をつかんで抱き寄せた。
「嫌ったりしないよ。大丈夫だから家に帰ろう。」
あずみは木下の大きな胸の中に顔をうずめて、思い切り深呼吸をした。
「初めての匂いがします。」
「何?」
「木下さんの匂いは、初めて嗅ぐ匂いです。」
「変わった子だね・・・さあ、送って行くよ。」
木下はあずみを抱いていた力を緩め離れようとしたが、 あずみは背中に回した手に力を籠め、シャツを握って胸に張り付いたまま離れなかった。
「あずみ君、帰ろう。傷の手当てもしなきゃ。」
「僕の事笑いませんか?」
「どうして?」
「・・・」
「大丈夫だから、帰ろう。」
背中をポンポンと優しく叩かれると、あずみは素直に離れて車に乗り、破れた膝を両手でそっと隠した。
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