第8章:トレードからコルドバへ

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第8章:トレードからコルドバへ

 トレード市の古いカテドラールには、団体の日本人観光客が犇いていた。一二二七年に工事を開始して一四世紀に完成を見たというこの寺院は、征服者アラブのモスクの跡に建てられたもので、アラブ文化様式を色濃く伝えていた。  広いカテドラールの内部をゆっくりと見て廻る達也の眼前に、ガイドに引率された日本人の団体がせかせかと通り過ぎて行く。若いOLや中高年の男女、それは羊飼いに鞭で追われていく羊の群れの様だった。  暗い寺院の内部から、真昼の陽光が煌く通りに出た時、彼等の姿は視界から消えていた。  彼等の足跡を追う様に、アルカッサールの砦とサンタ・クルースの博物館を訪ね、遅い昼食を広場のレストランで摂った。城壁に囲まれた中世そのままの街の佇まい、森や林の点在する村の現風景は、正しくヴェラスケスが描く〝リ・コンキスタ時代〟のものだった。  午後の三時にトレードを発って、コルドバに着いたのは、夜の帳が降り始めた八時頃だった。スペイン南部アンダルシア地方コルドバ県の首都である。 人口約三十万人、マドリッドから四〇〇キロの距離だった。車という同じ文明の利器を使いながら、アメリカとスペインでは、時間と距離の単位が観念的に違ってくる。  スペインでは狭い空間に古い歴史のエネルギーが横溢しているというか、旅人はその質量の海を泳ぎながら進む疲労を感じるのに比べ、アメリカはそれが希薄で疲れない。  ホテル・アダルヴェに宿を取り、メスキータと呼ばれる大聖堂の傍を通って夜の街に出ると、左手にグアダルキビル河を跨ぐ大橋が夜間照明に浮かび上がり、美しい夜の景観を創っている。  ローマ時代までは船はコルドバまで航行可能だったという。街の歴史は海洋民族フェニキア人の殖民から始まったといわれている。  このホテルは大聖堂の隣りに立つ中層の煉瓦造りの古い建物であるが、達也は大いに気に入った。どっしりとした重厚な家具と白い清潔なベッドが、カリフォルニアの我が家に帰ったような安心感を与えたのであろう。旅の疲れと、夕食に飲んだアンダルシア地方の地酒が達也をぐっすりと眠らせた。 夜半に、闇の底からカーン、カーン、と澄んだ鐘の音が静寂を渡ってきて達也は目を覚ました。午前四時である。六時間も熟睡した事になる。寝返りを打ったが、眠れぬまま耳を澄ましていると、
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