第9章:セビーリャでの麻里との出会い

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「出ましょうか、ホテルまでお送りしますよ」  達也は自然に父親が娘を庇うような気持ちでホテルの名を聞いた。 「私、バックパックで、近くの安宿に泊まっているんです」 「……」  達也は言葉に詰った。そう言えば、〝パンとカマ(寝床)〟と書かれた簡易宿泊所が街のあちこちにあり、世界中からやって来る好奇心と冒険心の強い男女に一夜の宿を提供しているのは知っていた。日本人の若い男女が大きなリュックを背負って街中を歩いているのを達也も見たことがある。 「麻里さん、強いんですね、一人旅は怖くないですか?」 「全然……、皆親切にしてくださって、怖いなんてことありませんわ」 「そうですか、十分気をつけて……」  愛する娘を他国の荒野に放つ親の気持ちを考えると複雑な気分になったが、知り合ったばかりの麻里に、それ以上の言葉は憚られた。 「おなかは空いていませんか? 一寸何か摘んで……」  街角のバールに入って熱いコーヒを二つ頼み、生ハムに分厚く切ったチーズを乗せたパンを頬張った。 「これでぐっすり眠れますよ」  素直に感謝の笑みを返す麻里に、達也の心も寛いで、自分はアメリカから来て、車でスペイン中を廻っていること、明日はグラナダに向う積りである事を告げると、彼女もグラナダに行くところだと答えた。 共通するのは異国の空で逢った日本人同士ということだけで、好みも違い、親子ほど年の違う麻理に男性として何の期待も関心も抱かなかった。 「宜しかったら御一緒しませんか? 一人旅って結構草臥れるでしょう?」  達也の誘いに麻里も頷いて、一緒にグラナダまで自動車旅行をする約束をした。 バールを出て、暗い石畳の路地裏に夜明けなのにディスコが開いていた。このままホテルに帰って眠るのは、物足りなかった。 もっと麻里と話しをしたかった。 「入りますか?」  言葉を交すまでも無く、二人はビートの利いた強烈な音楽と若い男女の嬌声の飛び交う空間に引き寄せられる様に入っていった。 大音響と赤と青の光りの点滅の中でジョニ赤の水割りを飲んで話しを続けた。物怖じしないというか、素直と言うのか、黒い学生風な丸眼鏡の底から優しい目が達也を覗いていた。 家政科を出たけど、文学も好きだといった。十二月の末にはロンドンを廻って、日本に帰国する予定だと語った。 達也は一種の安堵と言うのか、麻里がしっかりと日本の両親に繋がれている糸を持っている事に安心した。
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