第10章:セビーリャ大聖堂

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第10章:セビーリャ大聖堂

 翌朝、約束の十時にカテドラルの前に来ると、大聖堂の開門を待つ観光客の群れが車道まで溢れ、麻里は門柱に凭れて首を伸ばす様にして達也を待っていた。この大聖堂にはコロンブスの遺体が葬られており、入口近く四人の王に担がれた棺が、天井高く浮かんでいた。  聖堂の規模は世界で三番目に大きく、やはりアラブの築いたモスクを改造した寺院である。鐘楼まで緩い斜面を葛折りに登れる構造になっており、照明のない暗い回廊を息を切らして登りきると、四辺に開いた鐘楼の窓からセビーリャの市街が一望に見渡せた。 美しい緑とオレンジ色の屋根瓦が続く市街、暖かい午後の甘い風が二人の頬を撫でて行った。  鐘楼の天井の、太い梁から吊り下げられた大きな鐘が壮観である。コロンブスが船出したグアダルキビル河と〝エキスポ92〟に合わせて建設中の超近代的な建物が、昔船橋だったイサベル二世橋の向こうに銀色に輝いて見えた。まさしく中世と超未来の混交した風景が此処にもあった。  緩やかに曲がりくねったガダルキビル河、河面に影を落とす古びた石造りの家屋。昔、街を守り囲っていた城壁の遺物、マリア・ルイサ公園の深い緑と市庁舎の高い塔等、どれをとっても絵の様に美しい。空はうららに晴れて、風は心地良い、気の遠くなるような景観である。  達也は薄れ行く意識の底で、別れきた幼い娘の笑い顔を思い出していた。暖かい手の感触の柔らかさ、可憐さ、思わず頬擦りしたくなる健康に輝く頬……暖かい陽光と優しい風に包まれて、幸せな娘の思い出に浸る時、いつしか頬も緩んで目を瞑った。    
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