第10章:セビーリャ大聖堂

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遠く何処からか自分を呼ぶ声がして達也は現実に戻った。傍らに麻里の顔があった。 「どうかなさったの? 気分でも悪いのですか?」  麻里の心配そうな顔があったが、達也には神聖な親子の会話を邪魔されたような不快感が残った。不意に他人に家族の秘密を覗かれたような気がした。不快な目をして麻里を見ている自分に気がついたが、達也はあえてそれを隠さなかった。 いい年をした大人が好きでもない娘に声をかけ、旅の同行を問いかけた、さもしい行為に出たことを恥ずかしく気まずく思った。暖かい家族の愛から切り離されて、天涯孤独の寂しい心、そんな自分が情けなかった。 「御免なさい……ちょっと別れた娘の事を考えていたものだから……」  麻里の顔に突如苦悩のような、翳りが表情に表れ、硬く緊張した。 「……」  それきり会話は途絶え、互いに視線を避けて、気まずい時間の過ぎ去るのを待った。年齢の違う、過去を背負った男女が出会って、直ぐに分かり合える訳もなく、戸惑いや苛立ちを感じるのは当たり前だった。 《何故ここに麻里が居るのだろう、グラナダまで一緒に行く約束なんかしなければ良かった……》と後悔する反面、一人旅の孤独感を和らげてくれる麻里のジーパン姿とバック・パックの勇ましい恰好を半ば肯定する気持ちで、達也は気まずい空気を一掃するかの様に明るく笑いかけた。 「そろそろ降りましょうか?」 聖堂の塔を降り、近くのアル・カサルと呼ばれる回教時代の王城に足を運ぶと、ムジハル様式の庭園の美しさに麻里は感嘆の声を上げて喜んだ。 白い宮殿と呼ばれるこの王城の、美しく刈り込まれた樹木と、遠い昔から絶えることなく噴き上がり、流れ続けている噴水の巧みさに達也は感心した。自然の地形を利用した水圧の創案は、灼熱の砂漠に住む住民ならではの、アラブ民族のオアシスへ抱く渇仰にも似た執念の顕れと見えた。 モスクの精緻な幾何学模様を見ていると、過酷な自然環境が怠惰な人間を磨き、鍛えるのかも知れないと、そんな感慨が頭を過った。
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