第11章:アルハンブラ宮殿

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 麻里と共にセビーリャを出てグラナダに向ったのは午後の二時を過ぎていた。空腹を感じて遅い昼食を峠の小さな村のレストランで摂り、夕方七時頃、グラナダのアジュンタメント広場の近くに宿をとった。  グラナダはスペイン南部、アンダルシア地方、グラナダ県首都で人口は二十三万人、シエラ・ネヴァダの北麓、ダルロ川とヘニル川の合流点にあり、コルドバから九〇キロの距離にある。  街は観光客でごった返し、広場は土産物屋の出店と観光客の群で埋まり、民族衣装に着飾ったヒターナの女達が煩く観光客にまとわりついていた。夕食はホテルの近くで簡単に済ませ、夜ネプチューンにジプシーの踊るフラメンコを見に出かけた。  踊り子の漆黒の髪、しなやかな肢体、野性の色香が、軽快なカスターニャの響きと共にフロアに流れ、満員の客席から溜息に似た歓声と拍手が鳴り響いた。  一四九二年回教徒最後の拠点だったグラナダだけに、アラブの血を最も強く引き継いでいる。スペイン各地で見たフラメンコ踊りのなかでも一番洗練された振りつけだったが、余りにもカラフルで商業的だった。   ホテルに帰る道程の長く冷え冷えとした夜気が達也の背を丸くさせ、中年の孤独な男の姿を色濃く見せていた。  部屋はツイン・ベッドだったので気まずい思いもせずに、達也は自分のベッドに潜り込んだ。明りを消した部屋のなかで遠慮勝ちに着替える麻里の衣擦れの音が気になったが、達也は寝返りを打って耳を覆った。  翌朝目覚めたのは八時を廻っていた。急いで朝食を済ませ、狭いアルハンブラ宮殿への坂道を車で登り、回教徒アラブ人の作った王城に脚を踏み入れた。美しく広大な庭園と頑丈な石塁が深い谷底から積み上げられた、難攻不落の名城である。  イザヴェラ女王率いる再征服運動(リ・コンキスタ)を行うキリスト教徒に一四九二年、無血開城したアラブの王は、なぜこの城を拠点に子孫の存続をかけて一戦交えなかったのだろうか? と、達也は素朴な疑問を抱きながら、神秘的な異国情緒と、追われるものの悲愴美を湛えた城内を歩き回った。 セビーリャの白い宮殿に対比されて赤い宮殿と呼ばれているアルハンブラ城は、その名の如く秋の紅葉を映してか、赤く煉瓦色に輝いていた。  『ライオンの中庭』と、呼ばれる庭には、千年の時を経て今もなお吹き上げる噴水が旅人の心を癒してくれる。
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