第11章:アルハンブラ宮殿

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 シエラネバダの雪溶け水を集めたダルロ川から水路を掘り、ダムを築き、用水路を作り水道橋を構築して、延々六キロ先のアルハンブラ城まで落差による水圧を保ち、この噴水までつながっているのだ。達也は同じエンジニアとしてアラブ人の智慧に感嘆する。土に石灰を混ぜ練り合せて作った水路は、漏水を防ぎ、勢い良く新鮮な水を城内に導いたのであろう。  中庭を囲む建物は林立する細い大理石の柱で支えられており、その様子はまるで椰子の木の茂る砂漠のオアシスの様に見えた。  砂漠にあるのはさらさらと流れる砂だけ、豊かな緑や装飾を砂漠の民は望み続けたのだろう。だから、アフリカからスペインに侵攻し、アルハンブラを築く時、当時の匠達は思いきりのアイデアでドームの天井や壁を飾り立てたのだろう。  鍾乳洞飾りと呼ばれるデザインは、彼等の洞窟住居時代の名残だろうし、精緻な壁の装飾は砂漠にはない豊かな空間を埋めたいというアラブ人の願望を顕したものと達也は考えた。  無口に城内を歩き回る達也に歩調を合わせる様に麻里も寡黙に徹して、深い谷の向こうに広がる雑木林の紅葉に、視線を投げている。 「向こうに広がっているのが坂の町〝アルバイシン〟で、このアルハンブラ城と同じく世界遺産になっています」  麻里は達也の説明に黙って肯く。 「休みましょうか? 草臥れたでしょう?」  達也は労わる様に麻理を誘って、休憩所に入って木のベンチに腰をかけた。店内の奥からグラナダを謡った〝トレモロ〟のリズムが低く流れている。  ビールにチーズとハムを挟んだパンは乾いた空気のせいか、歩き回った疲れのせいか、驚くほど美味かった。 「美味しいわ、このチーズとハム!」  食事を楽しんでいる麻里の明るい顔を、今日は昨日とは違った優しい感慨を持って眺める達也である。 手も触れなかった昨夜の行為を麻里はどう思っているのだろうか? 考え過ぎだと思いながら、達也は麻里と自分がどのような関わりを持つことになるか、昨日とは違った見方をしている自分に気付いて驚いた。
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