第11章:アルハンブラ宮殿

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「顔が赤いよ……まるでアルハンブラ城のようだ……」  紙コップに注いだ少しのビールに赤くなった麻里を、冷やかすと 「私ビールに酔ったみたい……」  麻理は頬を押えながら立ちあがった。少しふらふらしている。 「気をつけて、そのまま座っていた方がいいよ……」  心なしか言葉に棘もない。セビーリャの大聖堂の鐘楼で、何故あんなに腹を立てたのだろうか? グラナダで袂を別つ積りだったのに、一人旅の凍えるような淋しさを思うと心が微妙に揺れ動いて、いつしか同じ方向だからバルセローナ迄行動を共にしようと考えていた。   波が硬い岩を浸食するように、麻里の優しい笑い顔が達也の荒んだ心の襞を埋めて行くようだった。 「それで、バルセローナから何処へ行く積りですか?」 「ニース、リオン、南フランスです。モナコからイタリアに抜けて、それからスイス、更にフランスのカレーに出て、ドーバー海峡を渡ってイギリスに……」 「それから?……」 「判りません、多分日本か、又は貴方のいらっしゃったアメリカへ……」  《麻里は何を求めてあくせくと旅を続けるのだろうか?》 「日本は貴方の求めているものを与えて呉れなかったのですか?」 「……」  無言の麻里。二人の話しはそこで途切れてしまう。たった四、五日でバルセローナまでの旅は終わる。それでも麻理との旅は達也の心を十分に弾ませてくれるものだった。  プライベートの事は意識して避ける様にしてきたから、互いの事は何も知らなかった。判っていたのは名前と年齢が二九歳だという事だった。短大を出て八年も勤めた都市銀行を辞めて、見失った自分を探しにこの地までやって来たと言う。達也と二十歳も歳が違うのに、この地にやって来た動機が何故か似通っていて不憫だった。 「それで、見失った自分は見つかりましたか?」  達也は麻里の口調を真似て、麻理の眼鏡越しに、瞳を覗き込むようにして尋ねた。 「一寸他の世界を見たかったのかも知れません。毎日が退屈で、人生にも仕事にも限界を感じていたのです。 見知らぬ土地で、見知らぬ人と話しをしたり、好きな絵を見たりして……」  午後の日が優しく伸びて、涼しい木陰を作っている。麻里の目元が潤んでいる。 「……感動すると心がリフレッシュされ、荒んだ心が優しくなって、自分も未だ捨てたものじゃないわって、自信が湧いてくるのです」  麻里はそういって、大きな優しい目をしばたいた。
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