第11章:アルハンブラ宮殿

5/10
前へ
/66ページ
次へ
 「何故独りで旅をして居るのです? 御家の方は心配しないのですか?」  親の立場になってみれば、娘の無事帰国を祈る様に待っているのが痛いように判るので、そんな愚問をぶつけてしまう。 「してるわ、とってもしているわ、父も母も猛烈に反対したわ、でも出かけてきたの、八年勤めた会社を辞めて……もし今、ヨーロッパに行かなかったら、私は一生後悔して人生を送る事になると思ったの……」 「何が君をそんなにヨーロッパに駈りたてたのです? ご両親も揃って御健在だし、勤め先も一流だし、何が不足だったのですか?」  達也の問いに麻里は暫く考えていたが 「夏が逝って風はもう秋の気配……と言う歌があるでしょう。その心境が素直な私の気持ち……」  麻里は唇を噛んで遠くを見た。人はパンのみにて生きるにあらずという言葉があるが、麻里もパン以外の何かを求めてここにやって来たのだろう。 「やはり自分を見つけに来たのかしら、この歳まで働いてきたし、もうこれ以上はいいと思ったの、両親に相談もしないで会社を辞め、反対する親の手を振り切るようにして成田を出てきたの。アメリカへとも思ったけど、やはり歴史のあるヨーロッパに来たかった。イタリア、フランス、スペイン、イギリスとヨーロッパ中の有名な絵画や博物館、オペラや観劇をして廻り、ご苦労様でしたねと、自分をねぎらってやりたかったの……」  麻里は唇を濡らすように軽く紙コップのビールで喉を湿し、達也を見てはにかむ様に笑った。 「恋人は?」  達也の問い掛けに、麻里は臆することなく 「居たわ、初恋の人が、七年も付合ってきたのに、人生に自信が無かったのね、私を抱こうともしなかった。会社を辞めた時、私彼に切符を持っていったの、一緒にヨーロッパを旅しようと思って、彼三十も過ぎたのにアルバイトの仕事を続けて、定職に就く気も無いらしいの。『お金の事は心配無いから一緒に旅行しましょう、これで最後になってもいいから……』そう言っても彼は首を縦に振らなかったわ。私の事などどうでも良かったみたい。煮え切らない彼の態度を見て、悟りのような衝撃が腹にズーン、と来たの、この人は私を必要として居ない。私なんか少しも愛してくれてもいなかったって。涙が止めど無く流れて何も見えなかった。でもちっとも怒りは無いの、彼が可愛そうで、自分も可愛そうだった。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加