第1章、息子の死と離婚

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 順調に育っている胎児を殺戮することは離婚後を見据えた吾が娘の具体的幸福を考えた義父の深慮としか思えなかった。  自分にとって極刑ともいえる跡取りの長男の死とその水子の無念さを考える時、余りにも妻の行為は不当で残酷だった。数ヶ月前に自ら望んで孕んだ妻が、突然わが子を殺すことが人間として実際出来るのだろうか、その不可解な行為に達也は苦悶した。  果たして自分はこの極刑に相応しい罪を犯したのだろうかと自問するが、釈然としないまま、時間は経過した。  とにかく本人が手の届かない遠い日本の実家に身を寄せており、自分は規模は小さいが従業員と社会的責任を持った会社を抱えており、何もかも捨てて帰国するわけにも行かなかった。  二ヵ月後、妻が娘を連れて何事も無かったように我が家に帰ってきた。妻の帰宅が何を意味するのか予測も付かなかった。外面上は可愛い娘と一緒の元の生活が還ってきた。余りにも深い悲しみと深い心の隔たりは感情を沈潜させ表面上は平和な日々が続いた。敏感な四歳の娘の感情を考えると、達也は妻を責める事も出来なかった。  一旦は元の鞘に収まるかと、日常の雑事に流されて大事な決断に迷っていると、突然配達証明の離婚裁判出頭命令が来て、ようやく妻の本心が解ったような莫迦な夫であった。男の影が今やはっきりと見えて来た。  大事な息子を殺し、家族を離散させる元凶を作った妻を憎んだが、一方では冷たい妻に満たされない性の不満の捌け口を外部に求めていた自分の責任も認めて妻の要求を呑んだ。  家を売り、会社も畳んで資産を折半し、LA空港から妻と娘を送り出してからもう半年が過ぎた。離婚後の虚脱感の所為か、何もかも嫌になって、過去の自分の生きかたとは裏腹の日々を送りながらも、心は別な人生を求めていた。 「ここに居ては駄目だ、このままでは俺は駄目になってしまう…」 自分の内部に未だ存在する可能性を信じて、そしてそれを奮い立たせる為にぎりぎりの所まで自分を追い詰めて見たかった。  住み慣れた快適なカリフォルニアを後にするのは残念だったが、身を責める危機感の錐のような痛みが達也に行動を促した。アメリカに居ては甘い生活と縁を切ることは出来そうになかった。それに自分をもっともっと虐めて見たかった。今の微温湯のような生活を振り捨てて、ゼロからやり直して見たかった。 「何処に行こうか?」  
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