第11章:アルハンブラ宮殿

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 彼の家を出て茅ヶ崎の海岸を当てもなくさ迷い歩いて、気がついたら朝日が昇って来て、その眩しい光りを正面に受けた時、決心がついたの、彼を忘れ様と……」  達也は痛ましいものを見るように麻里の美しい横顔を見つめ、手を伸ばしてその頬に触れた。  何も言うことは無かった。人間として、彼女の苦しんでいる痛みを何とか和らげてやりたかった。達也は立ち上がって麻里の肩を抱き、その横顔に頬を寄せた。熱い涙が麻里の頬を伝い、達也の頬に熱く伝わった。  この娘は未だ初恋の男を忘れ去る事が出来ないのだろう。それには長い時間をかけて記憶を消し去るか、新しい愛の絵の具で塗り潰すしか道は無いようにみえた。 「そうか……わかった……」  達也は大きく息を吐いて肯き、麻里の手を軽く握った。 「君はかけがえのない青春を全て彼に捧げたんだ。でも縁が無かったのだ。そしてそれは君に何の責任もない。彼は、君の価値が分らない木偶の棒だ、別れて来たのが正解だ……」  達也は妹を庇うような気持ちになって麻里の肩を抱いた。 「ごめんなさいね、泣いたりして、私……話したせいか気持ちが軽くなったわ……」  麻里は涙を拭いて立ち上がり、明るい笑顔を取り戻した。 「さあ、今度は貴方の番よ、話して、どうして御一人で旅を為されているのですか? 家族の方は? ごめんなさい、こんな立ち入った事お伺いしていいのかしら?」  麻里は先ほどのしおらしさを忘れたかの様に、畳み掛けるように達也に迫った。 「……」  達也が返事につまり、何から話そうかと逡巡していると、麻理の方が先に口を開いた。 「面白いわね人間って、初めてお会いした時、貴方の物慣れた態度に警戒心は持ったけれど、怖くは無かったわ。人間は好きか嫌いかのどちらかなのね、この人は信じられる。この人は嫌、自分とは馴染まない。他人に持つ動物的本能と言うか、好悪の感情によって左右されるみたい。年齢の差や貧富の差でもない、結婚をしていようが、いまいが好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだと思うの。声や言葉、顔かたち、思いやり、それに性格かしら、私にとって大事なものは……」  麻理は問わず語りにそういって、達也の反応を窺うように見つめた。
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