第11章:アルハンブラ宮殿

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「離婚したのです。妻や娘と別れて、デカダンスな自分に喝を入れるために、誰も知らないスペインにやって来たのです」 「……」  今度は麻里が沈黙した。長い無言の後 「お嬢さんを愛していらっしゃったのね……」 「四歳で別れて、今年六歳になった筈です、この十月で」 「貴方が離婚を望んだの? 四歳の可愛いお嬢さんがありながら……」 麻里は達也を睨むように向き直った。 「いや、言い出したのは妻の方だった。人気の荒いアメリカ生活が嫌いで、日本に帰るのが彼女の夢だった。日本で年老いて行く両親の事や、将来の保障のない自営業の私に悲観して、見切りをつけたのですよ」  達也は皮肉っぽく笑って、首を振った。 「妻とは別れても元々他人なんだ。しかし娘は僕と血が繋がっているんだ。妻は生木を裂くように私から四歳の娘を奪って、日本に帰って行った」 「酷いわ、それじゃクリミナルだわ、奥さんは四歳の娘から父親の愛情を奪う権利があるのかしら? 貴方はどうして闘わなかったの? 結婚は二人の為にしたのでしょう? 奥さんのご両親のためではないんでしょう?」  麻里は礫のような言葉を投げつける。 「奥さんが何を言ったって、しっかり掴まえていれば良かったのに、何故離婚したの、愛していなかったの?」  男女の別れは、愛憎どちらかの、執着心の切れた方が負けると言わんばかりに、達也をなじってくる。 「無論……愛の日々もあった。妻も娘も愛していた。しかし二人が知り合った頃のまばゆい愛が、日ごと夜毎の愚痴や喧嘩で鉛色に褪せて行くのを、貴方は判りますか? 愛の終わりに気がついても、もう呼び戻す術の無いことを……」 《妻や子供を憎い訳がない。この世で縁あって夫婦となり子をもうけるという事は、大変な宿命の結果だと》達也には思えた。《大切な縁で結ばれた夫婦が何故別れねばならないのか? 人間の運命は、生れながら定まっていて、当人の思うとおりには出来ない気がした》 「人間の定めというか、縁あって結ばれても、別れ行く男女には、互いの目に見えない皹のようなものが……」 「そんな、出合ったばかりの男女に、皹が隠されている……とおっしゃるの?」 「いや、全てのカップルがそうだとはいっていない。不幸にして中にはそういう星回りのカップルもいるということです……」  達也は二年前の苦々しい日々を思い出した。
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