第12章:子はかすがいか?

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第12章:子はかすがいか?

そんな達也の心境を読み取る様に、 「可愛そうなのはそんな夫婦の間に生まれて来る子供でしょうね……」  と、麻里は意味深長な感慨を洩らした。 「確かに君の云う通りだ。子供は作るべきではなかった……結婚して八年も妻は妊娠しなかった。一時は諦める様子だったが、夫婦の仲が荒れてくると、鎹を求めてか子供を懸命に求め始めた。 『ねっ、子供を作りましょう、子供が欲しいわ……』  離婚という深い深淵に立って、破滅への誘いを懸命に打ち払うかのように、妻はそう提案した。子供を産む。其のことによって破綻しかけた夫婦の起死回生を図ろうとしたのです。  今更、子供が出来たとて、突如相性の悪い夫婦が仲良くなる訳もなし……と思ったが、やせ細り神経は苛立って目に険が出ている妻を不憫に思い、私は妻の望むようにしました。  妻はとても几帳面というか、一旦そう決心すると、全ての可能性を求めて子造りに専心していった。大学病院に通い、ありとあらゆる薬を求めて、勿論達也にも精子の検査を要求しました。 私は妻の願いを叶えてやるために出きるだけの事はしようと決心したのです。  妻は毎朝目が醒めると荻野式体温表をつけ、排卵日の数日前から私の協力を義務付けました。一月のその一週間だけ二人は夫婦として義務を果たしました。痩せた妻の体を抱きながら、神に祈る気持ちで義務を果たし、一ヶ月後の神の恩寵を願ったのです。   失望の日がやってきて妻はさめざめと泣き暮らす。慰めの言葉も底をついて、二人は暗い部屋のなかで無言の時を過ごす。 『結婚して八年も二人でやって来たんだ。何故今更子供を欲しがるのだ。子は鎹とはいうけれど、子供が出来たからって夫婦の仲が変わる訳もなし、自然に神が与えて下さるまで待ったらどうだい?』   『貴方は判らないのよ、女の気持ちが……』  毎月毎月、予定日が来ると、愛のない性の結合を求められた。 男にとって愛情や生理的な欲求以外に強制される性交ほど、味気ないものはない。そんな生活が一年近くも続いた頃だった。突然神が私達に娘という喜びを与えて下さったのだ。 『可愛い神々しいような小さな神の子が寝て御座った。赤子なのに、まるで大人のように整った顔をして、自分の存在を天下に主張しているかのように静かに目を開いて……』  乳児室に他の新生児と並んで眠っている娘の姿を初めて見た印象を妻に語った時の達也の言葉である。
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