第12章:子はかすがいか?

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 互いに愛の対象に飢えていたから、貪る様に娘を愛した。  有頂天になって喜ぶ二人、人生に張りが戻り、喜びが家に満ちた。  とにかくこうして神の恵みを受けて娘はこの世に生れてきた。二人の心の中に危惧が無かったといったら嘘になる。既に皹の入った夫婦が本当にこの娘を幸せにする事が出来るのだろうか? 妻が考えているように子供の誕生が夫婦の崩壊を果たして食い止める事が出来るだろうか? そんな疑問を抱きながら二人は打つ術も無く時の流れに運命を委ねた。  子供は三歳までにその愛嬌や仕草の可笑しさで生まれて世話になった恩を返すというが娘もその諺通りに、十分に借りを返し、私達は親としては充分に幸せだった。  しかし妻の期待したような夫婦の危機の解消は起らなかった……。達也は麻理に今までの経緯を語り始めた。 「娘が生まれて、初めて新生児室の小さなベッドの中で、娘に逢った時、優しい気高い気品のある顔に驚いたのです。こんな可愛い娘の父親になれる誇りと、娘を産んでくれた妻に対する感謝の気持ちが心の中を浸して来ました。妻とこの可愛い妖精のような娘を幸せにしなければ、この幸せを与えて下さった神に申し訳ないと心で誓いたい気持ちでした」 「感動的なシーンね……私もいつか、そんな体験してみたいわ……」  麻里は片肘をテーブルについて身を揺すりながら夢見るような表情で達也を見た。 「話して、それから、どうなったの?」 「娘が初めての誕生日を迎え、壁伝いに歩きだして、その一歩一歩にはらはらして親ばか丸出しに喜んで、杏の葉の黄色く散り敷いた広い庭で遊ぶ健康な娘を見る喜びは、私達が初めて夫婦として何かを共有する感覚でした。   娘が三歳になると妻の様子が少しづつ変って行きました。娘の歓心を買うために互いに競い合うような、日々が続きました。当然勝負は妻の勝でした。妻は私との満たされぬ関係を埋める為に、娘とのスキンシップを求めたのかも知れません。娘が幼稚園に入園した頃、意外な陥穽が待っていました。
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