第13章:祖先の意思

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第13章:祖先の意思

 離婚の経緯等、聞く者、語る者どちらも気の重い話である。それを最後まで聞いてくれた麻理の優しさに気付いて、達也はもっと親近感を持った。 「御嬢さんの事、気懸かりでしょう? 最後に会われたのはいつでしたの?」 「私が最後に娘に会ったのは、スペインに旅立つ前に日本に帰国した今年の夏でした。 『何故御父さんは御家に来ないの? 何処に帰るの?』そう尋ねる無心な娘に答える術も無く、私は笑って言いました。 『叉来るからね、元気にしておいで、クリスマスには何を送ろうか? 人形? 縫いぐるみ? 何でも欲しい物を送って上げるからね……』  淋しそうに頬笑む娘の白い頬に触れながら、これが最後だと、心で別れを告げました。 私は心から娘に詫びていました。どう考えても父親として軽率な判断をしてしまったと悔やむ一方、最近ロス市で起こった日本人母子の心中未遂事件の新聞記事を読んだ私としては、可愛い娘は勿論の事、娘の母親にも元気に生き抜いて欲しかったのです。たとえ一生別れ別れになろうとも……」 「随分悲しい御話しですね……」   麻里は声を詰まらせて前方を睨むようにした。いつの間にか宮殿の前庭に来ていた。プールの水に映った細い大理石の柱の群が風の戦ぎにゆれて砂漠の蜃気楼の様に、椰子の細い林立した連なりの様に見える。 「これもアラブ人の工夫・見事な企みなんですよ。追い水や蜃気楼の現象のある砂漠の生活が忘れられなかったのでしょうね……」  達也は王宮の影を映す細長いプールの水面を指差して、麻里に説明する。 「まるで蜃気楼みたい……椰子の木の林の様に、浮んでいて」  宮殿の影が長く伸びてプールの半ばまで届いている。 「愛って、そんな儚いものかしら、彼はつれなかったけれど、この七年私は幸せでした。報われなかったけれど、好きな人がこの世に存在しているだけで、何時かは判ってくれる……そう思うだけで女は明日に希望を繋げるのです」 「でも、君も過去を断ち切る為にヨーロッパ迄来なければならなかった。人間は幸せに生きる権利を持っているのです。実りのない過去の愛にしがみついて暮す必要は無いでしょう」 「……」  麻里はまた、黙ってしまう。
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