第13章:祖先の意思

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「長い淋しい時間を経て、私はこれも一つの因縁だと考えるようになりました。妻と離婚し娘と別れて暮すのも宿命なのかもしれません。仏教では一切の事象は、因という直接的原因、縁という間接的条件から結果が生じるといっています。でも私は、人間の運命の、その根底に祖先の意思が働いているような気がするのです」 「何ですか? その祖先の意思とは……」  麻里は怪訝そうに達也を見た。 「いや、つまりですよ、これはリポット・ソンディの『家族的無意識層』と言う新しい学説ですが、人間の運命を決定するのは選択行動ですが、それは普通考えられているような意識的、理性的な決断によって生じるのではなく、選択行動は衝動行為であり、衝動的に選択する無意識的なものによって動かされるというのです。 そして、その衝動は何処から来るかというと、その家族(祖先)に深い関連があるというのです」 「……怖い」  麻里は顔をしかめたが、その話題には並々ならぬ関心を見せ、話題を変えてとは言わなかった。 「確かに怖い話しです、死者が生きている者の運命を決定しているというのは……。リポットは『個人の無意識層のなかに抑圧されている特殊な祖先の欲求が、子孫の恋愛、友情、職業、疾病、及び死亡の無意識的選択行動となって、その人の運命を決定する』といっているのです」 「すると、貴方は御自分の恋愛や結婚、離婚は貴方の無意識層のなかに居る祖先の意思が決定していると御考えなのですか?」  麻里は反芻する様に達也の言葉を注意深く繰り返し、その意味を咀嚼するように頷いた。 「結論からいうと、僕もこの説に同感するのです。過去の自分の経験のなかに、不思議な体験を何回もしているのです。信じられない危機的事態を不思議な力によって何回も助けられた事実があるのです。これも私を助けたいと思う先祖の意思だと思うのです」 「……」  麻里は不思議なものを見るような表情をして達也を見守った。
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