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「人は誰しも遠い祖先から、自分の体内に脈動する血を引き継いできています。〝血〟は過去入り乱れて、この奔流に流れ込んできた数多の男や女の特徴を正確になぞりながら、その優れた体型、骨格、人相・性格を継承して次世代に繋いで行きます。
肉体の継承があれば当然精神的資質も引き継がれ、その人の性質、意識、傾向を形作って行きます。私が離婚に踏み切り、仕事も辞め、縁もゆかりもないイベリヤの荒野をさ迷っているのか、貴女に判りますか?
この決定には何の合理性も必然性も無いのです。正しく衝動的な意思決定が為され、その決定は私のなかに流れている祖先の血が下したものかもしれません……そして君が何故、あの時間にセビーリャのあの店に、独りで居なければならなかったのか? そのめぐり合いを縁と考えるか、それとも唯の偶然と見なすか。その判断によって人生は大きく変わると思うのです。
でも私の言葉を誤解しないで下さい。貴方を縛る心積もりも無いし、自分の幸、不幸を先祖のせいにする気持ちもありません……」
達也はそう云って麻理が安心するように、白い歯を見せて笑った。
「これからどうなさるのですか? 何をして生きて行くのです、このヨーロッパで?」
麻里はそう尋ねて達也を訝るように眺めた。恐らく彼女の勤めていた職場には見たこともないタイプの男性である《銀行にはこんな危険な男は居なかった……》
「離婚してから価値観が変ってしまって、金にも事業にも執着できなくなって……糸の切れた凧の様にふらふらと生きているのです。持っている金が無くなって、尻に火がつけば何とかするでしょう」
達也は他人事の様にそう言って暗い目で笑った。
麻里は言葉を失い、自分の手元を眺め、それから救われた様に、薄い午後の日に光るシエラ・ネバダの山脈に目を移した。
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