第15章:バレンシアからバルセローナへ

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第15章:バレンシアからバルセローナへ

 翌朝八時にグラナダを出て、ゆっくりと景色を楽しみながら東に向った。十時ごろ峠を越えた小さな村のレストランで朝飯をとり、素朴な楽しい食事に満足した。  給仕をしてくれた十五、六歳の少年の、二人を見る畏敬の眼差しが気にかかったが、未だ見ぬ冒険への憧憬とも見て取れた。 《君は未だ若い、行こうと思えば何処にだって行ける。世界は君を待っているのだ。君が決心すれば、それだけで何処にでも行け、何事でも成就出来るのだ。そう思い、決心するだけで道程の半分は超えた事になる。後は実行するのみだ……》手を振る少年と別れを交して一路バレンシアに向け車を飛ばした。  午後の三時、きらきらと輝く地中海の青い海が丘を埋める緑のオレンジの木々の間から見え隠れして来た。空腹を感じたので車を停め、海を見下ろすレストランで遅い昼食を楽しんだ。  バレンシア、ムルシア地方では灌漑が進んで、山の頂上まで開墾され、柑橘類の栽培が盛んである。  自分を鍛えにスペインの荒野に遣って来た男が、赤い車に若い女を乗せ、それに豪華なレストランの食事を楽しんで、快適なドライブを楽しんでいる。事、志とは違うものだなあ、と神の采配に苦笑した。 「この分だと、余ほど過酷な運命が僕を待ち構えているようだよ……」  達也がおどけて独り言を言うと、麻里は、自分の事を言われたと勘違いしたのか慌てて否定した。 「大丈夫、任しといて。私が守ってあげるから……」 「それは有りがたい。何分宜しくお頼みします ハッ・ハッ・ハッ」  達也は大声を上げて風に向って笑った。  バレンシアの市街に着いたのは午後六時過ぎだった。  海浜のホテルに宿をとり、風呂を浴びて窓を開けると暗い闇の底から潮騒が聞こえた。闇を透かすと、微かに白い砂浜と、白い波の踊るのが見えた。  達也は引き寄せられる様に一人外に出て夜の浜を逍遥した。荒涼とした砂浜は人影も無く乾いた砂が風に舞っていた。
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