第15章:バレンシアからバルセローナへ

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 明日はバルセローナ、陽光に輝く美しい海岸線を縫って車は約束の地に進んで行く。麻里は束の間の喜びと力を達也に与えてバルセローナから南仏に去っていってしまう。暗い闇を見据える達也の顔が迫り来る孤独に歪んでいた。  寒い戦慄が這い登るように達也の全身を襲った。出来る事なら暗い夜の波に己の身を投げ打ちたかった。全身の筋肉を打ち震わせて号泣したかった。  日本へ去って行く妻子をロス・アンジェルスの空港に見送ったあの日から、自分には愛は消え果て、無縁なものと心に誓ったのに、性懲りもなく徒情(あだなさけ)に身を窶す(やつ)不甲斐ない己れが情けなかった。  スペインへ旅立つ前に自分に誓った言葉が思い出された。 《ヨーロッパがいかに淋しく、寒いところであってもアメリカに逃げ返ってきては駄目だ。己れが何を欲し、残された人生をどう生きるか、それを見極めるまで、淋しさに耐えきるのだ》   達矢は寒さに震え歯を鳴らしながら、深く頷いた。 《事は始まったばかりなのだ。もっと己れに厳しく強くならなければ……》 達矢は自分にそう言い聞かせてホテルに引き返した。  せめて残された麻里との時間を大切に過ごそうと思い直して、火の消えたような夜の街に車を走らせたが、海岸通りには屯するヤングの群と、けたたましいロックの旋律が道路まで溢れていた。市内に引き返し、クラシックで静かな雰囲気の店を見つけたのは夜の十時を回っていた。  ワインのボトルを一本とり、魚介類の炊き込み御飯でささやかな夕餉を囲んだ。にこやかに食後のフラン・コン・クレマを楽しんでいる麻理を目の前にしていると、寂しさが募り異国の地で逢った有縁の人のような気がして感謝の気持ちが心の奥底から湧き出してきた。 「有難う麻里! 短い間だったが君と一緒に旅が出来て最高に楽しかった……」 「とんでもない、お礼を言うのは私の方よ、お陰様で安心して楽しい旅が続けられたわ……」
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