第15章:バレンシアからバルセローナへ

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 ワインのせいか心も温まって、達也は流れているタンゴのBGMに合わせて口ずさんだ。曲はジーラ、ジーラである。  自分と麻里が二十歳も年が離れているとはとても思えない。精々四、五歳ぐらいの差しか感じられないのが不思議である。たった五日前、セビーリャのロス・ガージョスで出会ったばかりなのに、何故こんなに情が移ったのだろうか?   笑うと幸せに育てられた人のみが持つ優しい表情が溢れんばかりに輝いて、モナリザのような表情になる。独りでヨーロッパを旅する芯の強さは一体何処から来たものだろうかと、達也の好奇心を擽るのである。 「不思議だな、一億二千万の日本人の内で、君と僕とがセビーリャのロス・ガージョスであの日、あの時間に二人きりで遭遇する確立は奇跡とも言える天文学的な数字の上のチャンスしかない。  偶然ではない何かの力が、僕達二人をあそこまで連れ出して引き合わせてくれた気がするのです。  そういえば僕がコルドバに着いた頃、しきりに日本人の女性に会うという予感がして、何故か僕を急かせるんだ。君は僕の心の潜在願望の所為と思うかもしれないが、その予感は確信のような確かさで僕に何かを知らせてくれていた……」 「私にはそんな予感は何も感じなかったわ、旅をしていると、何時も誰かが友達になってくださって親切にしてくださるのです。だからこうして無事に旅を続けて来たのです」 「……」  決して飛び切りの美人ではないが、きらきら輝く美しい目と素直な心を感じさせる人の良さが達也の心を捉えて放さなかった。 「君が長い間勤めていた銀行を辞めてこの大陸に足を向けた様に、僕も二十年も住みなれたアメリカからスペインにまっしぐらにやって来た。まるで見えない糸に操られてでもいるかのように……」 「……」 「それも、正確にプログラムされた誰かの意思を実行するかの様な断固たる決意を持ってやって来たような気がするんだ……」  麻里は隠された意図を発見したかの様に遠い視線に焦点を当てていたが、いつしか俯いて何事か考えを巡らした。 「祖先の意思と云っても……おばあちゃんは今も生きているし……」 
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