第15章:バレンシアからバルセローナへ

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 麻里は当惑した様に達也の顔を見上げて言葉を待った。 「どうしても行ってしまうの、フランスに? そして今年の暮れには日本に帰る予定なのでしょう?」  達也は二十歳も違う年齢の差や自分の過去の離婚歴を考えると、かりそめの言葉は憚られた。 「貴方はこれからどうなさるの? バルセローナからサラマンカに出て、やがてポルトガルに行かれるのでしょう。それからどう生きて行くのですか? 何をして?」  麻里から再三同じ事を尋ねられても答える事は出来なかった。 「サラマンカの大学でスペイン語と歴史を勉強してみたいと前々から考えていたのですが……」 「それから……どうなさるの?」 「さあ、ポルトガルの小さな漁村に住みついて、金が無くなったら日本人相手のガイドか何かして、其処で一生を過ごしてもいいと思っています……」  とにかく物価の高いスペインから逃げ出してポルトガルの鄙びた浜辺の村にひと部屋借りてのんびりと暮らして見たかった。  それから青年時代にブラジルで覚えたポルトガル語に磨きをかけたかった。新鮮な魚のとれる海辺の、赤い瓦屋根と白い漆喰造りの家の窓から、緑色に輝く海とその向こうの水平線に張り出した乳白色の積乱雲を眺めて暮らす生活も一興に思えた。でもそんな生活は三日もしたら飽きてしまう。ふらふらと風に流される凧のような自分をしっかりと繋ぎとめてくれる重石のような存在が欲しかった。  ヨーロッパに行って自分がどうなるのか、やってみないことには判らない。流れるままに生き、それに飽いたら、その時は死のう。そう漠然と考えてここまでやって来たのである。   達也はワィンの酔いに任せて若い麻里の体を引き寄せた。唇を重ねるという愛の表現が、もう自然に出来るように互いの心の垣根は取り払われていた。ましてや二人の永遠の別れが直前に迫っているという切迫感が互いの感情を切なくして落ち着けなかった。 《君が欲しい……》  その言葉を必死に打ち消して、麻里の体を優しくハグしていると、寂寥感が込上げてきて悲しくなる。無理をしてもむなしいだけだ……。
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