第3章:暗い予感

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第3章:暗い予感

 マドリッドの古い街路は素晴らしい。中でも公園はとても心が落ち着いた。 ホテルから南にだらだら坂を下り、パレスホテルとリッッホテルの向い側にパルケ・デル・レチーロという大きな公園があった。  流石伝統と歴史の国だけあって樹木にも風格がある。樹齢何百年といった大木が枝を広げ濃い緑の影を連ねている。  公園入り口の街路樹の茂みが何とも云えぬ光と優しさを伝えて、達也の心を誘った。ポプラとユーカリを混ぜ合せたような柔らかな木の枝葉、貴婦人のような淡い緑の明暗となって達也の魂を惹きつける。  暫く歩くと池に出た。長方形の池の向こうに市民戦争で勇名を馳せた将軍の、馬に乗ったブロンズ像が空に高く聳えている。  晩秋の鈍い午後の日が池の小波にきらきらと輝いて、水鳥の羽を揺すった風がベンチに座っている達也の足元まで渡ってきた。  悪寒のような孤独感が達也を襲った。ぞろぞろと池を巡る人の群れは尽きないのに、冷たい空気の塊に包まれた様に、達也は誰からも隔絶されていた。居たたまれなくなって立ち上がり、人の群れを縫って公園を出た。  アルカラ通りを北に登り、一時間程歩くと、ディゴ・デ・レオンとヴェラスケス通りの角に出た。 寒さと空腹を感じてバールに入り、メニューを眺めたが日曜日なので魚料理はなく、生ハムと肉、サラダのコンビネーションにビールを頼み、ゆっくりと味わった。  店内は閑散として、異邦人に語りかける人もなく、達也は黙々とビールを飲み干すと、勘定の千八百ぺセッタを払い店を出た。  何処へ行こうかと迷ったが、何をする当てもなくパッセオ・デ・カステリャナから車を拾いグランヴィァに帰って来た。  寒寒としたホテルに独り帰って眠るには早すぎた。大通りに引き返し、映画館の入口に〝OLD・GLINGO〟の看板を見つけた。グリンゴはメキシコ人がアメリカ人を呼ぶ蔑称で、〝老いぼれのアメリカ野郎〟とでもいう意味である。すっかり老人となってしまったグレゴリー・ペックの老いぼれぶりが何故か哀しかった。  自分が年を取ったのは気が付かなくても、自分の青春時代に、若々しかったスターが老醜を曝しているのを見るのはショックだった。厳然とした時の流れを認めないわけにはいかない。
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