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会社の忘年会の会場の片隅で、店員さんにご飯をくださいと注文して自分のグラスのビールをグイっと煽る。
久しぶりに口にしたビールの苦みに、一瞬だけウッとなったけど、喉元過ぎれば大人の味だなと美味しく感じる。
「チカさん、チカさん、明日って暇ヒマですか?」
ニコニコ笑いながらグイグイっと近寄って来たのは、キラキラと幸せなオーラに包まれた事務職の後輩だ。
「暇だけど……」
「フォー! ニョニンゲットだぜー! チカさんに決めたー!」
片手を天井に突き上げて叫ぶ元気な後輩のワキの下に染み出た汗を指摘しようか、やめようかたっぷり3秒悩んだ。
あまり大きな声で指摘されたくないだろうし、こっそりと教えたいのに、元気に叫んだものだからいくつかの視線がこっちに向いてる。
「黙れ、トミー! 唾が鍋の中に入るだろ!」
「山田さん、酷いです! 特性調味料で旨味がアップアップしてるはずですってば!」
営業の山田さんは3児の父親で、お子様全員が男の子だったはず。
「家で家族で食べる鍋の方がウマいよ。トミーの特性調味料なんて家族団らんの特性スパイスに比べたら屁だよ、屁!」
「山田さん、忘年会で早く帰れないからって富田さんに当たらなくてもいいじゃんね」
ねっと言いながらさっき雄たけびをあげた後輩の富田絵里と私の方を向いて優しく微笑んだのは、小鳥遊さんだ。
いつも幸せそうな小鳥遊さんが怒ったところを私は見たことがない。
でも、怒ったところを見たことがないからこそ、怒らせたらめちゃくちゃ怖いと思っている。
「ベスちゃん、言いにくいことなんだけど」
隣に座っているベスちゃん(後輩・富田絵里)のブラウスの袖を小さく引っ張ると、必要以上に顔を寄せてくる。
近い近い近い近い!
そっと自分の顔を引いて小さな声で指摘しておいた。
「ワキ汗、染みてたよ」
「……グッ」
ガッと立ち上がって自分のバッグを持ったベスちゃんが予想通りに
「お花を摘みに行って参ります!!!」
と、宣言して速足で去って行った。
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