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忘年会帰りの電車は、途中の駅まで小鳥遊さんと同じだ。
小鳥遊さんは桜町駅で降りて行くけれども、私は桜町駅から乗り換えだ。
名古屋駅に到着したときには、我々の乗る電車が出た後で、仕方がないからガラガラのホームで15分後の電車をそのまま待つことになった。
「今年も残すところ数日ですね。小鳥遊さんにとって、どんな年でした?」
何年も一緒に働いている先輩後輩だとしても、話をせずに同じ空間にいるのは気詰まりで話しかけてしまう。
「良い年だったよ。これといって悪いこともないし、いつも通り幸せだね、うん。まぁ、僕はいつも通りだったら幸せだからいいんだけどさ。……チカちゃんは?」
遠慮がちに聞いてくるのは、どういうことだ。
「私も良い年でしたね。妹が2人目の子どもを産んで、姪っ子が2人になりました。どっちも可愛いです。……ってこれ、禁句でした?」
そういえば、小鳥遊さんのところは赤ちゃんが欲しいけれどもなかなか授からないっていつだったか冗談交じりに言っていた気がする。
「禁句じゃないよ」
苦笑して答える小鳥遊さんの言葉に、そうは言ってもあんまりよくない話題だったかもと思う。
「じゃぁ、僕も禁句っぽいの、聞いちゃおうか。チカちゃん、そろそろ恋愛する気になった?」
さっきの小鳥遊さんの苦笑と同じように、今度は私が苦笑した。
「……禁句じゃないです。恋愛する気がないわけじゃないけど、なかなか難しいんです」
名古屋駅から始まった恋愛が難しいと感じる私の話を、小鳥遊さんは聞き続けた。いや、私が話し続けた。
それも違う、小鳥遊さんマジックで吐き出させられたのだと思う。
気がつけば、もうすぐ桜町駅で、電車は高架の駅へと入って行くところだったのだ。
「ねぇ、チカちゃん、思い出って美化されるんだよ。思い出に勝てる人っていないと思うよ。あっ、いるとしたら、それって新しい恋人だと思う」
扉が開く直前、ロングシートから2人そろって立ち上がったところで、相槌マシーンだった小鳥遊さんがセンテンスを話した。
2人そろって電車を降りると、冷たい風が顔面に当たっておもわず首を竦めた。
「気を付けて帰ってね。よいお年を」
微笑みを残してクルリと向きを変えて足取りも軽く階段に吸い込まれていく。
可愛い後姿だな、今にもスキップしそうじゃん。
コートの裾が小鳥遊さんの気持ちを表すように揺れていた。
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