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「隊長!」
新入りらしい男が声をかけてくる。兵舎の廊下は急ごしらえの木造だ。
「何だ」
男はかつての私と同じだった。食い詰めたものの行き先は一つだ。
貧弱な身体。
脆弱な精神。
無学、無教養。
全て顔に出ている。
「あの、あれっすよね」
眉がぴくりと動く。無学、無教養はこの兵舎でも補えるはずだ。
私は狂ったように本を読んだ。教師と問答した。
最低限の威厳はそこから来ている。
分厚い軍規が理解できるのもその日々が有っての事だ。
「話す必要があるのか? 同室の者には尋ねたか?」
背を向けた。見る必要もない。
「あ、なんか俺こういう喋り方で」
「直せ。早晩に上官の怒りを買い、殺されるだけだ」
「用はそれじゃないんすけどね」
「……命ずる。宿舎の周囲を二百周。監督は付けてやる。それでも用があればまた来い」
「あの、強運ってどうやったら、」
「殺されたいか? 今ここで」
真後ろに手を伸ばし、レイピアで喉を刺す。殺しはしない。お前には痛みが足りない。
「いいか、ここは軍だ。お前の舌は軍の為にある。お前の身体は軍の為にある。お前の意志は軍の為にある。忘れるな」
まだ見逃してやる。
生きるにはお前はまだ早い。
死を賭してから口を開け。
生きるには何が必要か学べ。
「特別だ。お前が走り切るまで見てやる。これでも時間はないのだがな」
「あの、質問には、答えて貰えないっすかね」
「お前は求めるだけか。強運とは何か、学べ。私に何か与えてみろ。話はそれからだ」
ぐっ、と剣を押し込む。
一瞬、振り返る。
顔が苦痛に驚いたように歪む。
ようやく気付いたか。私はお前の上官だ。
生殺与奪は私の一存で決まる。
「このくらい怖くないっすよ」
私も似たようなことを言った記憶はある。
「面白い奴だな。鍛えてやる。自分に運があるかどうかはそこで分るだろう」
言うには言ったが郷愁の範囲だ。
今の私には何ら関係は無い。
お前は泥と同じだ。
糞と同じだ。
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