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「ごめん」
しばらくして、男の人の声と共に、大きな音を立ててドアが開いた。一瞬にして教室が静かになる。
「遅くなりました。英語担当の早川冬吾です」
走ってきたのか、肩で息をしながら早川先生は言う。
名簿順に名前を呼び始めても、私は先生のことを眺めていた。眺めるというよりは、どこか寂しげな瞳に、目が吸い寄せられていたというのが正しいのかもしれない。
先生を見ていると、懐かしさを感じて、切ない気持ちになった。どうしてそんなふうに感じるんだろう。
「佐伯……花名で良いんだよね。あれ、佐伯は休み?」
名前を呼ばれていたことに気づき、慌てて立ち上がる。
「は、はい!」
「席は立たなくてもいいよ」
クスクスと他の塾生たちが笑う。
いきなり注目を集めてしまったことに、恥ずかしさで顔が熱くなった。早川先生にも変な生徒だと思われてしまったかもしれない。
ちらりと先生に目をやると、何かを考え込むような顔をして、私を見ていた。けれど、目が合うと何でもなかったかのように視線を名簿に戻す。
何だったんだろう。気のせいなのかな。
「ちゃんと話を聞いていないとダメだよ」
窘めるように言いながらも、先生の口元は微笑んでいたように思えた。でもそんなことはあるはずがないし、きっと私の見間違いなんだろう。
全員の出席を確認したあと、出席簿を閉じると、先生は前を向いて言った。
「春季講習の短い期間ですが、よろしくお願いします。それでは、授業を始めるからテキストを開いて」
先生は、ホワイトボードに英文を書きだす。
とても綺麗な字だ。男の人なのに、こんな綺麗な字を書く人もいるんだ。ホワイトボードとペンの擦れる音を聞きながら、私は先生の細くて長い指を見つめていた。
先生は、ネイティブのように美しい発音で、英文を読み上げる。
少し低めの甘い声に、つい聞き惚れてしまっているのは、きっと私だけではないだろう。
読み上げながら、席の間を歩いていたはずの早川先生が、私の机を指でトントンと叩いた。
いつの間に隣にいたんだろう。すっかり私は上の空だったらしい。
「一番の問題を、読んでから訳して」
「はい」
私は急いで問題を読み上げ訳した。
英語は得意な科目だから答えられたけれど、他の教科だったら答えに詰まっていただろう。
「佐伯は発音が上手だね。でも、授業にはもう少し集中して欲しいな」
先生は見間違えではなく、確かにフッと笑ったように見えた。
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