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第一部 1.これもひとつの出会いのカタチ―花名―
ドアの向こうから、微かに話し声が聞こえてくる。
塾の春期講習の初日である今日、私は受付の女性からガイダンスを受けていた。
綺麗な人だ。大人っぽい中にも可愛らしさがあって、つい見とれてしまう。ブラウスの左胸に留められたネームプレートには、小林と書かれていた。
「佐伯さん、他に何かわからないことはありますか?」
話しかけられて、自分がぼんやりとしていたことに気づいた。
「あ……いえ、ありません」
小林さんは、にっこり微笑む。素敵な微笑みにつられて、私も口角を上げてしまった。
「それでは教室に案内しますね。とは言っても、教室は二部屋しかないのですが」
私も慌てて席を立ち、小林さんに続いた。
塾は駅近くのマンションの二階にあり、一階にはカジュアルな雰囲気のメガネ屋が入っている。
「どうぞ」
小林さんがドアを開けると、話し声が止み、一斉に塾の生徒たちがこっちを向いた。
「空いている席に座って待っていてください。授業がもうすぐ始まりますので」
小林さんが出て行き、ドアが閉まった途端、時間が動き出したかのように再び会話が始まる。
私は、教壇の前の空席に座ってから、教室の中を見回した。一番前はあまり人気のない席なのか、座っている人はいない。
さっきからずっと、背中に視線を感じている。あまり出入りの少ない塾だと聞いたから、きっと新しい生徒が物珍しいのだろう。気にしないと自分に言い聞かせ、机の上にノートやペンを並べてから、真新しい英語のテキストをめくった。
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