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「『話が終わったようなら、麻生くんも一緒に夕飯食べて行かない?』って、母さんが言ってるんだけど」
窓から顔を出したお兄ちゃんのタイミングが絶妙過ぎて、こいつは絶対カーテンの陰で聞いていたに違いないと思った。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
いつもは断る叶がそう答えたので驚いて振り向くと、「イブのデートのこと、お母さんにちゃんと許可をもらうから」なんて言う。
叶ってそういうところ、きちっとしている。
戸波の海で告白をした日も帰りにうちに寄って、「真尋さんと交際させて下さい」とお父さんに頭を下げたぐらいだ。
うちの家族と一緒に夕食を食べながら、叶はイブに戸波のショッピングモールでデートしてもいいかとうちのお母さんに尋ねた。
なるべく早く帰るようにするからと。
「迷子にならないようにしっかり手を繋いでいてやってね」
お母さんがそんな軽口を叩くと、叶は真っ赤になって「死んでも放しません」なんて大真面目で答えて、お兄ちゃんに笑われていた。
でも、私はそんな叶の気持ちが嬉しかった。
夕食を食べ終わって、叶を玄関先まで見送りに出ると、白いものがちらついていた。
「わっ! 雪だ!」
「道理で寒いわけだ。初雪だな」
叶は自転車のサドルに薄っすらと被った雪を払うと、ポケットから手袋を取り出した。
そのテーピングだらけの大きな手を見つめた。手を繋ぎたいなと思いながら。
叶がもっと気軽に誘ってくれたら、頻繁にデート出来るのに。
「ねえ、これからもデートの度にうちの親の許可を取るつもり? ちょっと大袈裟じゃない?」
「真尋はご両親にとってかけがえのない存在なんだから当然だよ。俺が真尋をどんなに大事に思っているかわかれば、ご両親も安心だろ?」
自分のことしか考えていなかった私は、叶の返事を聞いて恥ずかしくなった。
「雪で視界が悪いから気を付けてね」
「うん。真尋も風邪ひかないように」
「明日の朝は積もってるかな?」
「いつもより30分早く待ち合わせしようか。去年は橋が凍ってたよな?」
「あー、そうだったね! あれは滑って怖かった」
「じゃあ、また明日」
雪に隠されるように叶の姿はすぐに見えなくなった。
目を凝らしていた私は寒さにぶるっと震えながらも、明日30分早く叶に会えるなんてラッキーだなと思った。
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