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「お姉ちゃん!」
優希さんの声が玄関から届くと、お母さんと優希さんが階段を駆け上がってきた。
穢れはもうそこにはなく、秋風が掻き混ぜたのは暖まった部屋の空気だけ。
「優希、お母さん」
何が起きたか整理が出来ておらず、例の如く、驚いた鳩のような表情を見せている。
「心配したんだよ!」
「心配……? 私、勿忘草とずっと一緒に--」
すこしずつ記憶を整理する中で紅音さんは、僕を見た。
僕は家族が寄り添う渦中の紅音さんをじっと見つめていた。
そして口からはみ出すように花びらが一枚、顔を覗かせていた。
「それ。白い勿忘草。持っていっちゃうの?」
そう尋ねる紅音さんの表情は寂しさを隠すことなく、震えるように手を伸ばしている。
「持っていくわ。こいつは人間に干渉し過ぎた」
隠が僕の背中から降りて、立ち上がった体毛を舐めながら、寝かせていく。
おでこは前脚を舐めてから前脚で寝かせた。
見れば見るほどに普通の黒猫。
「でも、私も離れたくないの」
何かに縋るように地面に着いた手は拳を握る。
そしてお母さんと優希さんを掻き分けるように四つん這いで近付いてくる。
それを見た優希さんは僕の顔を見た。
「無理矢理剥がしたんですか?」
その瞳には、僕が見据えられている。
そして僕には頷くことしかできない。
成り行きとはいえ、無理に引き剥がしたのは、前もって話した内容とは違っている。
隠も僕の顔を見上げると、黒猫のくせに器用に溜息をつく。
「代わりに説明するとやな、憑依は憑依でも、紅音さんが憑依されてたわけやないんよ」
隠が面倒臭そうに説明を始める。
「じゃあどうして--」
優希さんの問いを、隠は打ち消してみせた。
「憑依されとったのは勿忘草なんやけどな。紅音さんが勿忘草に御執心やったけん、間接的に繋がってしまったんやろな」
そういう事例は珍しくない、隠は冷たく伝えるが、それでも隠なりには柔らかくいっているのだろう。
そういうときの隠は、目を合わせずに話をする癖がある。
「やけん、勿忘草を離しさえすれば紅音さんは、元通りって寸法やな。そうやろ?」
僕は小さく頷くと、「うん」と短く相槌を打った。
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