勿忘草と、妖怪の慶び

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「穢れはあんまし出てないみたいやん」    隠が曲がり角を曲がると、そう告げる。  続いて優希さんとお母さんが、そしてマスターと僕は曲がり角を曲がって家が見えた。  静かな住宅街。夜空に見守られて静かなものだ。   「でも明かりがついてないね」   「みたいだね。でも匂いはまだ流れてきてるみたい」    家は真っ暗で、まるで夜空に吸収されたように穏やかだけど、微かに漂う秋風は穢れの匂いを運んで来ている。   「こりゃだいぶ同調してんな、急いだ方がいいぞ」    隠は急かすように走り出すと、黒猫の姿に変化すると、日向家の玄関の入口で振り返って尻尾を左右に揺らす。   「行こうか。紅音さんの状態が心配だからね」    マスターはやんわりと微笑んで、僕の肩を叩いた。  言葉だけでこんなに頼もしいと思えるのはありがたい。  お母さんの熱視線は理解出来ないけれど。   「それじゃあ、化けるよ」    僕がそう言うとマスターは一歩下がり、優希さんとお母さんも誘導されて一歩下がる。  僕は小さく溜息を零して、力を抜いた。  目をつぶり、小さく小さく祈る。   『火男火売(ほのおほのめ)の神よ、かしこにかしこに御力をお貸しください。火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)の名に於いて、不浄なる者を燃やす力を』    僕の願立(がんた)つ思いに応えるように僕の体を白煙が包む。  湯煙とは違う密に纏わされた煙は、僕の姿を隙間なく覆い、僕は姿を変える。  そして白煙を秋風は連れ去っていく。   「綺麗--」    優希さんの言葉が聞こえてきた。  むずがゆい台詞だけど、今は紅音さんを助けなきゃいけない。   「それじゃあ、いいよ」    隠に頷くように合図を送ると、隠は猫の姿で器用に扉を開けた。  そして僕は漂う穢れを掻き分けるように家の中へ。  そんな僕を見て、優希さんはまた言葉を漏らしたらしい。 「白くて、綺麗で、暖かい、犬の神様みたい--」          
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